2-16

「夜が来るのう」


 聞こえてきたザン爺の不穏げな声にシオリカは現実に引き戻された。


「ザン爺、チリは大丈夫かな」


 湯呑みを置き、問うたその自分の声色があまりに硬く冷たくて、シオリカはおもわず手で口元を覆った。

 ザン爺はそれを一瞥して首を横に振る。


「ここまで風が吹き荒れりゃ、とてもじゃないが帆なんぞ役に立たんし、この高波じゃあ櫓を漕ぐこともままならん。あとは舟が転覆せんようにして舟底にへばりついて潮まかせに運よく岸にたどり着くのを願うしかない。まあ助かる見込みは千にひとつというところかのう」


「そんな……」


 シオリカは絶句した。

 チリが死んでしまう。

 そう考えただけで鳩尾みぞおちのあたりにねじ切れるような痛みを覚え、次いで吐き気が込み上げた。

 シオリカはもう一度口元を両手で覆い、そしていまにも消えてしまいそうな囲炉裏の熾火をジッと見つめた。

 沈黙が続いた。

 嵐はさらに激しくなり、屋根梁や柱の軋む音がまるでこの家の断末魔のようにシオリカには感じられた。

 そしてなにもできない自分の無力さに苛まれ、それを恥じるように息を殺しているとしばらくしてザン爺がポツリと声を漏らした。


「トーダイ」


 その意味を問うように顔を向けるとザン爺は暗い天井を見つめて言った。


「古代にはのう、灯台というものがあったという」


「うん……」


 うなずいて先をうながすとザン爺はひと呼吸の間を置いて昔話を始めた。

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