2-12
土間に入ると膝高の上がり框に座り込んだ二人の男が目に入った。
闖入者に気がついた彼らはうつむかせていた顔を上げ、共に不審げな目線を寄越した。そして泥棒ひげを生やした中年の男がザラザラと掠れた声で訊く。
「なんだ、お嬢ちゃん。見かけねえ顔だが」
「えっと、私はセギル工房の者でシオリカといいます。ザン爺……、いえザンジバルさんに会いにきました」
気圧されながらもそう答えたシオリカは男の肩越しに奥を流し見た。
けれどそこには闇に近い薄暗さが立ち込めているばかりでほとんどなにも見えない。
「セギル工房?てことは森の人間か。それが爺さんになんの用だよ」
邪険な声に目を戻すと頭に手ぬぐいを被った若者がそう訊ねて目を細めていた。
シオリカはたちまちその刺々しい視線に肩を窄める。
「あの、私、寄合所でチリのことを聞いて、それで……」
若者は舌打ちをして彼女を睨み上げると低く唸った。
「森の奴には関係ねえ。とっとと帰れ、アマ」
吐き捨てられた剣呑な声にシオリカがさらに身を縮めると、そのとき泥棒髭の男がゆっくりと立ち上がり、若者の手ぬぐい頭を軽く小突いた。
「バルタ、怖がらせてんじゃねえよ」
嗜められた若者は口を尖らせ、
強張っていた肩から少しだけ力が抜けたシオリカはもう一度上がり框の奥に目を向けた。
けれどその視線は刹那、目の前に立ちはだかる泥棒髭に遮られた。
男の背丈はそれほど高くはない。
けれど肩幅と胸板は異様にいかつく、またそのわりに細く長い両腕がそこから突き出た体躯はどこか巨大な蟹を思わせる姿だった。
その異形に怖じたシオリカがおもわず一歩後退ると男は分厚い唇と髭を蠢かせた。
「あのな、嬢ちゃん。たしかにこいつの言い草は誉められたもんじゃねえが、それでも言い分は間違っちゃいない。あんたもまるっきり子供というわけでもねえならムサシノの不文律ぐらいは知ってるだろう。浜のことに
そう問われてシオリカの頭には真っ先に反論が浮かんだ。
森だとか浜だとかそんなこと今は問題じゃない。
そう叫びたかった。
けれど男の姿とそのザリザリと砂をすり潰すような低い声にシオリカの言うべき言葉は喉の奥に情けなく引き下がってしまった。
男は微かに頬を緩めた。
「しばらくすればじきに夜がくる。嬢ちゃん、悪いことは言わない。嵐がこれ以上酷くなる前に帰ったほうが身のためだ」
シオリカは頷くでも首を振るでもなく足元に視線を落とした。そして辛うじて蚊の鳴くような声を絞り出す。
「あの、でも、私は……」
「聞こえなかったかい。俺は早く森へ帰ったほうがいいと言ったんだ」
その威圧的な声にシオリカにはもうなすすべが無くなった。
そして引き攣るようなやるせなさを残しながらも仕方なく男に背を向けたそのとき、しわがれた声がどこからか聞こえてきた。
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