2-11


 ぬかるんだ道を駆け、やがて村落の外れにたどり着いたシオリカは砂浜に臨む一軒のあばらやを前にして足を止めた。

 そして記憶とはあまりにかけ離れたその無残な家屋の様相に下唇を噛む。

 たしか黒光りする焼き瓦で葺かれていたはずの屋根はどういうわけかその瓦がすべて消え失せ、その代わりに樹木の皮らしきものが無造作に被せられていた。

 白く美しかった漆喰の壁は大半に黒ずみが目立ち、格子窓の際など所々に剥がれ落ちてしまっている部分も見られる。

 シオリカとチリが炭で落書きして叱られた土間口の白く大きな水瓶も姿を消していた。

 また振り返るとまっすぐに畝が引かれ、この季節なら青々とした作物を豊富に育てていたはずの野菜畑の大部分が雑草に覆われていた。

 なによりあの頃、ここに満ちていた陽気さがまるで感じられない。。

 それは空全体を覆っている不穏な黒雲のせいばかりではなく、数年前にここに暮らす家族を襲った不幸とその影に蝕まれ続けたその成れの果てがいまシオリカの面前に姿を晒しているのだった。


 胸に締め付けられるような苦しさを感じた。


 そしてこの場所に更なる悲劇が起きようとしていることに戦慄を覚えた。


 シオリカは濡れて顔に張り付いた髪を指先で戻した。そして大きく息を吸い、それをゆっくりと吐き戻した。


 目を背けてはいけない。

 後悔はもうしたくない。


 シオリカはそう自戒して、そっと板戸を開いた。

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