2-10
おそらく明日から数日、海は時化て漁に出られなくなる。
けれど新鮮なカチメジキは高値で引き取られる上に、この大きさならば少なくとも十日ぐらいは飢えずに暮らせる稼ぎになるだろう。
安堵すると途端に喉に渇きを覚えた。
チリは竹水筒の蓋を取り、ほとんど空になるまで水をあおった。
そして手早くナイフでカチメジキを活き締めにした後、竹魚籠に敷き詰めていた枇杷の葉を取り出してその魚体を包んだ。
とうてい魚籠には入り切らない大きさだがこうしておけば市場に卸すまでなんとか鮮度は保つはずだ。
チリはひとつ頷き、ふたたび帆柱を片手に持ち上げ、帰り支度を始めた。
けれどその刹那、海面がザワリと騒いだ。
そして次にまるで田畑を襲うイナゴのように小型の回遊魚が辺り一面でぴちぴちと跳ね始めた。
そのうちの数尾は誤って舟に飛び込み、苦しそうに口をパクパクと開けている。
その光景からいままさに海中で繰り広げられている状況を読み取ったチリはおもわず喉をごくりと鳴らした。
舟の真下では無数のカチメジキたちが血眼になって小魚の群れを追っているのだろう。
このまま漁を続ければきっと望外の豊漁になる。
その揺るぎない確信が速やかにチリの全身を支配した。
チリは手にしていた帆柱を寝かし、ゆっくりと背後を振り返った。
そして西の方角を見つめたまま逡巡する。
もちろん普通ならばこれほどの好機を逃す手はない。
けれど……。
チリの目線の先では黒雲がさっきよりもずっと高くまで立ち上がり、波は少しずつその荒さを増していた。
すぐにでも陸地に戻ったほうがいい。
漁師なら誰もが持ちあわせる防衛本能が耳元でそう囁く。
けれどその一方であと少しなら大丈夫だろうと楽観を決め込もうとする自分もいた。
そして危機意識がそれを遮り、欲がその隙間から絶え間なく顔を覗かせた。
耳元で生温い風がひと筋、ゾウッと鳴った。
そしてチリは決断を下した。
あともう一尾だけ獲って帰る。
チリは舟に飛び込んできた小魚をつかみ取ると素早く針に付けて海に放り込んだ。
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