2-5


 冷たい雨が降っていた。


 その中を傘も刺さずに一人の女性が歩き遠のいて行く。


 シオリカの横には雨にそぼ濡れる少年の顔があった。

 彼は女性の後ろ姿をえも言われぬ硬い表情で言葉もなく見つめていた。

 そのまなじりからこぼれ落ちていく滴は雨なのか、涙なのか。


 シオリカはその少年と小さく消えていく女性の後ろ姿を交互に何度も見遣り、そしてなにか言わなければと闇雲に焦った。


 けれど結局、幼いシオリカにはなにも言えなかった。


 胸が張り裂けてしまいそうで、目線を落とし次から次へと水たまりに跳ねる雨粒をただジッと見つめた。


 これがたちの悪い芝居だったと誰かが笑いながら出て来てくれはしないかと詮なく思った。


 けれど時は無情に過ぎ、やがて顔を上げると女性の姿はすでに視界から消えていた。


 そして少年が漏らす微かな嗚咽がシオリカの鼓膜に棘のように絡みついた。


 それでもシオリカの喉は一言の言葉も出せなかった。


 以来、雨が嫌いになった。


「チリ……」


 無意識に出したその名にシオリカはさらに強く奥歯を噛んだ。


 そして追ってくる記憶を振り切るように再び足を前に進めた。

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