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森から続く道を浜に抜けると途端に雨風が強くなった。
シオリカは傘を斜めに差し向け、真横から吹き付ける生温い潮風を肩口で防いだ。
「まったく。人使いが荒いんだから」
愚痴をこぼすとその口に髪が絡みついた。
シオリカは鬱陶しいその髪を指先で払い除け、道を急ぐ。
舟釘の束と松脂を詰めた瓶が背負った麻袋にずっしりと重い。
「こんな重い荷を年頃の娘に運ばせるなんて薄情な父親だわ。しかも嵐来てるし」
ブツブツと文句を呟きながら、傘の露先に見える海村の家々にチラチラと目を配る。するとその光景にシオリカの心はうっすらと塞いだ。
そこかしこ朽ちかけて傾いだ板塀。
所々、筵と石で補修している瓦葺きの屋根。
森ではずいぶんと普及しているガラスがどの家にもない。
あいかわらずの貧しさが漁村全体から活気と色彩を奪っている。
同じムサシノなのにどうしてこんなにも森と違うのだろう。
浜に来るとシオリカはいつも胸にそんなやるせなさを覚える。
もちろん漁業だけで豊かさを産むのは困難だ。
よほど大きな魚でも市場で付く値はたかが知れているし、まして貝や海藻などは二束三文で買い叩かれる。
けれどそのわずかな日銭で食い繋いでいかなければいけない。
それが浜で暮らすほとんどの漁民の現状だ。
しかも水揚げは天候次第で、今日のような嵐が来れば彼らはたちまち窮してしまう。
シオリカは軽く奥歯を噛み締めた。
どうして森は浜に手を差し伸べないのだろう。
たとえば父の家業である工房を浜にも造り、働き手を集めればどうだろう。
たとえば森の果樹園は秋の収穫時にいつも人手が不足するのだから、浜の女性たちを雇えばどうだろう。
あるいは舟や漁具を森の技術で効率よく革新できないだろうか。
シオリカは足をすすめる毎に浮かぶ浜を豊かに変える方法を、けれど刹那足を止め、太いため息で吹き消した。
できない。
頭の中でその冷ややかな結論が鐘のように鳴った。
そして二度と思い返したくないあの時の光景が網膜の裏に宿る。
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