2-3
「それは、その……」
口ごもると父は軽く舌打ちをして工房を見渡す。
「まったく、余計なことをベラベラ喋りやがって。だいたいここの職人連中はお前に甘くて困る」
これ見よがしに張り上げた父の声に周りで作業をしていた男たちが手を止め、皆一様に肩をすくめた。
すると工房内の音が急激に萎んでいく。
そして気まずさにうつむき両手を揉んだシオリカに父がため息まじりに言った。
「とにかく、いくら娘の頼みでもこれはダメだ。お前ももう子供じゃないんだから分かってるだろうが古代カガク埋蔵物は王宮の規制が厳しいんだ。もし不正がバレたりしたら……」
「不正って……。ちょっと工作に使うだけなのに」
口を挟むと、父はやにわに腰に手を当てシオリカをジロリと睨んだ。
「あのな、お前のいうそのちょっとした工作が問題なんだ。ついこの前だって、近所の森に火の玉が出たって騒ぎになったばかりだろう」
心臓がドキンと跳ねたがシオリカは作り笑顔で取り繕う。
「え、なんのことだか……」
すると父は口元にうっすらと不敵な笑みを浮かべた。
「いまさらとぼけたって無駄だぞ。近頃、よく耳にするああいう奇妙なうわさ話にはたいていお前が噛んでるって俺は知ってるんだ」
まずい。
バレてたのか。
シオリカは顔を引きつらせながら、それでも辛うじて笑みは消さず、それから首もひねって知らぬふりを見せる。
おもわず口笛さえ吹きそうになった。
父はその白々しさを憐れむように見つめた。
いつのまにか工房にそぐわない静けさが立ち込めていた。
そしてやがて身を強ばらせるシオリカの背後で誰かが吹き出した。
「ガハハ、シオ嬢ちゃん。こりゃダメだ。もう諦めなよ」
すると聞き慣れたダミ声がまた飛んでくる。
「そうだな。親方が赤鬼にならねえうちに撤退したほうがいいぜ」
それで工房全体に大いなる笑声が弾けた。
背筋のほぐれたシオリカは耳に被った髪をうなじに流し、次いで照れ笑いを浮かべようとしたが、その衝動は父の怒声に一気にかき消された。
「くおらあ、てめえら。くだらねえこと言ってねえでさっさと手を動かしやがれ」
すべてを震わせるセギルの怒声に皆あわてて仕事に戻った。
するとたちまち工房内にはふたたび賑やかで雑多な音が充満していく。
そして雷鳴のような怒声に放心していたシオリカにセギルは静かに言った。
「とにかく、ダメなものはダメだ。プラウグなんぞお前に渡したら、どんなことになるか。まったく、考えるだけで恐ろしいわ」
そして父はやおら体の向きを変え、鉋掛けを再開した。
我に返ったシオリカは苦い顔でひとつ小さなため息を吐き、仕方なく踵を返す。
するとその背中にセギルが思い出したように声をかけた。
「おう、そうそう。ものはついでだ。シオリカ、ちょっと遣いを頼まれてくれ」
振り返ると父はすでにいつもの磊落な表情を顔に広げていた。
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