2-2

 工房は今日も雑多な音で溢れている。

 真っ赤に焼けたはがねを打ち上げる甲高い金属音。

 大きな吹子ふいごが炉に風を送る低く唸るような音。

 ノミが木材を削っていくリズミカルな打撃音。

 他にも広い工房のあちこちで行われている作業が発する独特な音のそれぞれが絡み合い、巨大な音の繭となって鼓膜を震わせる。

 そしてその音群に掻き消されまいとする高い声がそこに響いた。


「ねえ、お父さん。本当にひとつだけでいいの。だから……」


 シオリカが拝み手を合わせると、それを背に受けた男はかんな掛けの手を止めて振り向き、首にかけたタオルで額の汗を拭った。

 そして大きなため息を吐く。


「あのな、知っていると思うがあれは王宮からの依頼品だ。勝手に使っていい訳がないだろう」


 そう答えた父は後退りたいほどの仏頂面だったが、それでも彼女は怯まず微笑み人差し指を立てて見せる。


「でも、あんなにたくさんあるんだもの。ひとつくらいいいじゃない」


 すると父は正面に向き直り、今度は呆れたような顔つきになって首を横に振った。


「ダメだ。たくさんと言っても七個しかない。足りないくらいだ」


 その取り付く島もない口調にシオリカは真顔になる。


「でも王宮からの依頼は五個だって……」


「ほう、そりゃ誰に聞いた」


 しまった。口が滑った。


 シオリカは思わずその口を片手で塞いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る