第5話 怠惰卿、夕食をお食べになる。

 外は夜。

 二階の大穴から微かに雪が舞い込む、館の中。

 少女が目を開ける。

 暖炉の火に照らされ、毛布を……それも貴族が使うような上等なものを……かけられていた。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 いや、昏倒してしまっていたのか。

 思い出す。

 眼前に迫る斧。兜の影。

「___殿下っ!」

 少女が慌てて叫んだ。毛布を振り払い、火に照らされる館内を見渡し。

 見つけた。

「おう、おはよう」

 長い金の髪。

 闇の中において、その青い瞳は蠱惑的でもある。

 華奢な白い身体の下に、死屍累々の絨毯を敷いて……。

「結構かわいい寝顔してるじゃんか、バケツ頭」


 俺です。

 ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 貴族が使う絨毯って良いですね。雑に破いて縄にしても、そこそこ強度があるんすよ。

 三半規管ぶっ壊して蹴りまくった盗賊くらいなら縛れました。

 中途半端に館が壊れてるから、縛りやすい柱とかあんだよね。

 いやぁ。

 ……めんどくさかった。

 すっごく、めんどくさかった。


「働きたくねぇんだけどな……俺……」


 ムキムキガチムチ盗賊団を縛るのも面倒だったし、重かったし。

 バケツ頭の全身鎧脱がすのも面倒だったし。

 しかも、中身女の子だったから着替えさせるの大変だった。

 この後セクハラ疑惑とかで裁判かけられたらどうしよう。

 貴族特権で切り抜けられたりしないかな?


「も、申し訳ありません殿下! わたし、私……!」


 俺の呟きがお叱りの言葉に聞こえたらしい。バケツ頭哀れ。

 いや、もうバケツ頭じゃない訳だが。

 育ちの良さそうな茶髪。

 ロールがかった長い髪。

 瞳は栗色胸はでかい。身長でかくて腹筋がちがち。

 声が高いし弱いしで若者だと思ったけど……女だったかぁ。


「良いよ。休んでな。素人じゃ怪我の具合も分からんし……」


 辺境領地で女騎士とふたりっきり!

 ……スローライフ主人公とかめんどくせぇな。あいつらスローライフって言ってるのに普通に魔物とかと戦うし。

 この世界魔物とか居るのかな。

 アンデッドとか言ってた記憶あるけど、劇でしか見た事ねぇし。

 魔法あるなら居る可能性高いけどさ。


「……あ、忘れてた」

「何事ですか!? 殿下!」

「回復魔法……あー、治療系の魔法使える?」

「ど、どこかお怪我を……!? なんてことです!」

「いや違う違う無傷」


 下敷きにしてるやつらを指さす。


「盗賊、このままだと歩けないまま死ぬんだけど……治療できそう?」



 できた。

 魔法ってすげー。習っておけばよかったかな。

 努力はしたくないからいっか。


「ご、ご無礼を働いたあっしらになんてお慈悲を……」

「あっそういうの良いから」

「殿下! 首を! 首を落しましょう!」

「バケツ頭ちゃんの優しさはどこへ~?」


 お前一生バケツ頭被ってろよ。

 正確厳しそうな凛とした茶髪カール女騎士なんて恐怖の対象だわ。

 努力の結晶じゃん。美容とかキューティクル頑張ってる上に騎士だろ? 天敵アークエネミー。そんな感じ。

 まぁ、めんどいのでこの辺にして。

 治療した山賊らは、足なんかは縛ったままだけど暖炉の前で自由にさせてる。

 俺が魔法を使ったと思ってるらしくて、怯えてるから良いかなって。

 もう一回襲われたらどうしようもないんだが。

 こいつらのクソの処理よりはめんどくさくないからいいや。


 ……それを勝手に慈悲と勘違いしやがって。

 このなんだっけ、べるべろ? べるべろ? 領の民、よく分かんねぇな。


「急に入って来たの俺らだしな、別に良いよ」

「ですが殿下……! こやつらは」

「父上からのおーめい忘れたん?」

「王命」


 言っておいて俺は忘れてたので、無理矢理思い出す。

 えーっと、たしか。


「民の声を……うんぬん」

「! このような盗賊まで民とお認めに!?」

「するよそりゃ。領主の館に住んでたんだし領民だろ」

「おぉ……! ニュート様……!」


 そうだ。民の声を聞くなんとかって話だったな。

 つまりこいつらの話を聞けば帰れるのでは?

 馬車に積んでた干し肉を分けてやろう。


「えっ。殿下、これだけですか……?」

「……王族さまにしちゃあ随分とひもじい物を……」


 盗賊って良いもん食ってるんだな。

 騎士は身体づくりとかするし仕方ないか。


「俺はいつもこんな感じだけど?」

「「わぁ」」


 盗賊七人とシンクロするバケツ頭。仲良くなれそうじゃん。


「い、いえ。これはきっと分け与えてくれているのです! 下賤の民よ、この殿下の慈悲に……」

「静かに食え」

「はい」


 バケツ頭はうるさいな。優しい奴だと思ったんだけど。


「……本当に王族なんでごぜぇやすか?」

「なにっ」

「ハウス、バケツ頭……続けてどうぞ」


 暖炉で干し肉をちりちりやって、がじがじかじって、この絶対に身体に悪い塩っ辛さが最高なんだよなと思いつつ。

 盗賊の話を聞く。


「護衛は一人。飯は貧相。いやなに疑ってる訳じゃあありやせんよ。ですがちいと……」

「何を言う! 殿下はしかと王命を受け、このヴェルヴェルク領救済のため遠路はるばる」

「言われてみれば」


 そういや妙だ。

 貴族に生まれてこの方努力不要な人生を満喫うぇーいだった俺なんだが。

 今日は苦労しすぎてないか?

 戦闘とかめんどくさいだろ。

 あと女騎士の鎧剥くとか。

 そんなの家来がやりゃあ良いのに、その家来が居ねぇ。


「……父上、俺の事殺すつもりなんじゃね?」

「はぇ!?」


 バケツ頭、驚く顔は可愛いかもしれん。

 いやま、テキトーな事言ったけどそれっぽい気がするな。


「にゅ、ニュート様……」


 盗賊、ロシア帽子髭面でそんな顔できんのか、良いおっさんみてぇじゃん。

 さっきまで鼻息荒く俺を狙ってたお前はどこに行った。

 ……そういう顔、苦手なんだよな。

 前世と、死んですぐ女神に向けられた顔。

 同情ってやつ。


「……めんどくせ」


 干し肉食べ終わっちゃったよ畜生。

 しっぶい葡萄酒カッ喰らって寝る事にする。十五歳で飲酒とかアウトな気がするが、前世酒浸りだったので特に影響はない。


「俺ねる。おやすみ」

「は、はぁ!? で、殿下! せめてベッドに!」

「この荒れ具合じゃ変わんねぇだろ」

「にゅ、ニュート様! あっしらが使ってたベッドが……」

「お前らが使ってた奴だろ、引き続き使え」


 臭いのやだし。

 転がって、マントにくるまって。

 おやすみ世界。


 ……さむい。

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