第4話 怠惰卿、民と友諠を結ぶ。
多勢に無勢、という言葉がある。
暖炉の灯った屋敷の中。
調度品の数々を汚らしい毛皮の靴が踏みしめ、無勢を……騎士を囲む。
大斧を持った、北方ヴェルヴェルク領の盗賊が七人。
対する騎士は、一人。
騎士は全身鎧を纏えども、その剣は震え、鎧は真新しい。
盗賊がにやりと笑った。
騎士が未熟な存在だ、と分かったのと。
その騎士の背後……美しい少女が、立っていたからだ。
自信に溢れた表情。
長い金の髪。
青い瞳。
細い身体に白い肌。
盗賊の脳裏に、下卑た欲望が……
……満ち溢れてる所悪いんですけど、俺です。
ニュート・ホルン・マクスウェルです。
男だよ馬鹿。美少女に転生してたらもっと楽しく生きてるさ。
いや、自意識過剰だと思うじゃん?
「へへっ! 嬢ちゃん……逆らわなければ痛い事しないでおいてやるぜ」
「逆に気持ちいい事してやるよぉ!」
口で説明してくれるもん、こいつら。
「きゃあ怖い」テノール・ド・低音。
「なっ!? 男かこいつ!」
「男でも良い! 男でも良いんだ!」
「げっへっへ! 最近は女が居ねぇからなぁ! 弱っちいやろうは都から逃げちまったから久々だぜぇ!」
「げひゃひゃひゃひゃ!」
だめだこいつらレベルが高い。
しかも説明台詞まで喋ってくれる。俺好きかも。
狙われてるのが俺じゃなければこいつら好きになってたな。
生きてくれねぇかな?
まぁこっちのバケツ頭君も剣抜いちゃったし……。
「で、殿下! 早くお逃げを! 表の馬車がまだ動けます!」
「むりむり。俺馬術練習してないし」
「はぁ!?」
ごめんよバケツ頭。俺、動物苦手なんだ。
昔、つっても前世、イヌ飼ってたんだけどさ。
大事に大事に育てて、抱っこする度に命の重さ感じてさ……まぁ近所の悪ガキに殺されちゃったんだけど。ははは。
嫌な事おもいだした。
赤ちゃんになる。ばぶばぶ。
「ばぶばぶ」
「殿下ぁ!?」
「げひゃひゃひゃひゃ! 据え膳食わねばヴェルヴェルク男児の恥だぜ!」
ヒャッハー! と擬音が付きそうな感じで飛びかかって来る盗賊。
おら、頑張れバケツ頭。
「ぐわぁっ!」
負けたぞバケツ頭。
おいおい、そのバケツ頭無かったら即死じゃないかよ。
この盗賊腕が立つな。あんなでかい斧で頭に当てるのか。
ムキムキだし、なにより攻撃を逸らす形の兜に叩きつけて一撃で卒倒させるなんて、やべーぞまじで。
つえー……。
「へへ……嬢ちゃん。じゃねぇ坊ちゃん。こっちにおいで……」
盗賊こっち来る……やば……目がやば……前世で俺の身体狙ってた体育教師みたい。畜生今日は嫌な事ばっか思い出すな。
とりあえずバケツ頭が手放しちゃった剣拾っとこ。
おんもっ!?
無理だこれ。無理無理。
「やめてっ! 寄らないで! 薄い本みたいな事するつもりでしょ!」
テノール・ド・低音再び。
「そそるねぇ……!」
だが効果はなかったようだ。
うーむ。
めんどくさい。
すごく、すごくめんどくさい。
だってさ、こっから取れる選択肢って面倒な事ばっかだぜ?
一、身分を明かしてみる。
「お、俺はニュート・ホルン・マクスウェルだぞ! 王位継承権第十五位! ただでは済まされんぞ!」
「王族が護衛一人でこんな所に来るかよぉ!」
ごもっとも。無理でした。
フルネーム喋るの長くて面倒なんだよな。
っつかバケツ頭以外の護衛見てねぇな、嘘だろパパ。俺に死ねって?
まぁいいや、次。
二、金で釣ってみる。
「か、金ならある! 馬車に積んである!」
「ほう、じゃあそいつをいただこうか」
「おっ大成功……」
「お坊ちゃんで気持ち良くなりながら金も手に入る。最高だよなぁ?」
大失敗。
こいつら気持ち悪くなってきたな。
じゃあ……うーん、これが一番面倒なんだよな……。
最悪、負けてアーッ! な展開の方が楽なまである。なんだかんだ前世は彼女にもフラれてDTのまま死んだからな。魔法使いにもなれなかった。
かといって処女を失うのは……ありっちゃありだけどさぁ。
病気が怖いんだよな。
闘病生活って疲れるんだよ。母ちゃんがやってたから知ってる。
……やるっきゃないか。
三。
「……本当にやるつもりなんだな?」
「げひゃひゃひゃひゃ! 当然だろぉがよぉ!」
降伏勧告を経てから、歩み寄って。
「おっなんだぁ? 降参かよォ! げひゃひゃ! 素直な子は好きだ……」
「じゃあお別れだ」
自慢の金髪を一本ぷつりと取って、ねじり、穴を作って。
細身だが身長はあるんだ、俺。
「……ぜ?」
作った武器をぴゅっと盗賊の耳穴に通し。ちょちょいっとやってから取る。
「……なんともねぇじゃねぇ、か……よ?」
そうすると、俺に手を伸ばした盗賊がよろめいたので、肩を押す。
倒れる。
三半規管を、潰したからだ。
「おっおえぇえぇ!? なんだっ!? 天地がっ……! あたまもだぁっ!?」
転がって藻掻く盗賊。大斧が危ないのでちょっと離れる。
耳の奥のバランス取る的なあれをこうぐちゃっとすると、こうなる。原理は昔調べたが忘れた。前世で散々やったのだが、これをやると手術費とかが面倒なのであんまり使いたくなかったのだ。
マンガでかっこよかったからって気軽に真似するもんじゃないな。
……いや待てよ? この世界なら手術費とか不要では?
魔法あるしな。
俺は使えないけど、バケツ頭君なら行けるかも。
「なっなんだあれ、貴族の魔法かぁ!?」
「親分!!」
不意打ち技だから厳しいけど、この世界の住人にも効くと分かった。
残り6人。囲まれたらまぁ面倒だけど……うん。
「次」
結果的に言えば……めんどくさかった。
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