第3話 怠惰卿、盗賊にお触れになる。

 客車つきの馬車は、ヴェルヴェルク領内に入った瞬間に悪目立ちしていた。

 北、風雪に閉ざされしヴェルヴェルク。

 かつての戦跡痛々しく、廃墟と墓標に雪が降るこの土地に、客車つきの……それこそ、貴族が乗るようなその馬車は不釣り合いだったのだ。

 この地には、貴族が好む物など何もない。


 居るのは先の戦乱で紛れ込んだ穢血の獣人や、死してなお彷徨うアンデッド、あるいは山賊に奴隷商、略奪者に裏社会の人間……。

 雪の染みが残る石畳の上、黒いレンガ積みの都市の中心で、馬車が停まる。

 降り立つは、美少年。

 金の長い髪、青い切れ長の瞳。

 夜に出逢えば少女と見まがう、見たところ十四、五ばかりの美少年……。


 俺です。

 ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 パパにテキトーな事言ってたら、くっそ寒いド田舎に飛ばされました。

 追放? 放逐? なんか違うよね。

 王命とか言ってたし出張かな。

 出張クソ。死ね。


「殿下、寒くはありませんか?」


 自分の肩を撫でて震える俺に声をかけてきたのは、御者台の騎士。

 声はちょっと高い。

 パパほどじゃないけど、全身鎧のバケツ頭だしムキムキなんだろう。

 名前は忘れた。

 バケツ頭で良いかな?


「くっそ寒い」

「少々お待ちを、館の中には暖炉があった筈です……」


 バケツ頭優しいじゃん。

 王都の使用人より優しい。今度名前覚えてやろう。

 ……だがまぁ、優しい奴を不幸な目に遭わせてしまったと思わなくもなくもない。結局どっちなんだろうか、罪悪感を抱っこしつつ。

 馬車から降りて、そのまま見上げる。


「……暖炉あってもさぁ、あったかくなるのかなぁ?」


 すっごいゴシックっぽい建築の館!!

 ……の、廃墟。

 魔法か砲弾か分かんねぇけど、二階の壁がぶっ壊れてて。

 黒い石と雪が合わさってて、瓦礫と一緒に中に積もってるのが見える。

 王城程じゃないけどそこそこ広いし、四階建てくらいある。でっかいすごい。

 ここに住むんじゃなければ、興奮してた。


「ま、まぁ。石は温まりやすいと申します」

「熱しやすく冷めやすい的な?」

「恐らくは……私は南方の生まれですので、良くは存じませんが」


 バケツ頭……あったかい所からこんな所に、可哀想になぁ。


「……バケツ頭」

「はっ! ……あれ、私の事ですか?」

「お前の事だよ。中入ったら鎧脱げ」

「ひゃぁ!?」

「金属鎧って皮膚に貼り付いて痛いらしいぞ。Twitterで見た。まだ秋の真昼でこの寒さだし、夜がこわい」

「ついったー? ……な、なるほど。ですが着替えが」

「俺の着替え使っていいから。もふもふのあったろ?」

「……! りょ、了解いたしました。殿下!」


 バケツ頭は素直で良い子だな。

 とりあえず新居へゴー!



 石積みアーチにでっかい扉と、かっこいい感じの所を抜けまして。

 中に入ると思ったよりあったかい。

 前の領主が使ってた絨毯とかが、ぼろぼろだけどちゃんと仕事してて。

 ちょっとパチパチ音がして。

 暖炉に火がついてて……?


「な、なんだぁテメェら!」

「第一領民発見」


 先客がいました。

 びっくり。

 どう表現しようかな。ロシア人っぽい帽子で、灰色もふもふ装備で、ヒゲももふもふ。もふもふ尽くし。でもおっさん。

 ガチムチ。

 でっけぇ斧持ってる。

 ×7人。

 怖い。


「……! 殿下、おさがりを!」

「あれ、歓迎してくれるこの辺の有力者とか青年団とかじゃないの?」

「違います! あれは……」


 バケツ頭が剣を抜く。かっちょいい。


「盗賊です!」

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