第6話 怠惰卿、有力者の元を訪問なさる。

 雪の都に朝が降る。

 されど、戦跡のその地は晴れ渡ってもなお侘しい。

 黒いレンガ積みの町並みは、いたるところに焼けた痕跡があり。

 穴が開き、崩れた建物も数多い。

 雪の白に濡れ。

 朝の光にとろけ、光る。

 侘しくも、儚くも、冷たくも美しい廃都。

 それを見下ろす影は、その光景を悼んでいるようだった。


 長い金の髪。

 雪よりも冷たく、陽光より心に染みる、空のように青い瞳。


 俺だよ。

 ニュート・ホルン・マクスウェルです。

 たまにマクスウェルとマスクウェルで間違えそうになるのなんでだろうね。

 この世界、別に片仮名とか無いんだけど。謎文字なんだけど。

 あれ、考えてたらわかんなくなってきた……。


「で、殿下! おひとりで外出なさっては……」

「護衛が一撃でやられるし朝までぐっすりだったのが悪い」

「こふっ……よ、よく眠れなかっただけです!」


 館の上からヴぇるべる、なんだっけ。なんとか領の景色を眺めてた所。

 寝坊したバケツ頭が駆けよって来た。

 せめて慌てて茶髪に寝ぐせとか付いてれば可愛かったんだけど、わざわざ鎧と兜装備しちゃったせいでもう騎士です。かわいくない。

 いや、こっちの方が努力の痕跡見えなくて可愛いな。


「可愛いぞバケツ頭」

「か、かわっ……! 世辞は不要です!」

「次からは温かくして寝るんだな」

「ほぇ?」

「あの毛布はお前にやったんだ。返すのは不敬だぞ」

「……! は、ははぁ!」


 平伏バケツ頭。

 こいつがくれた毛布がなけりゃ俺も寝坊してたろうな。鍛えてないから風邪ルートだったやもしらん。秋でこれだけ寒い都なら、冬にこんなミスをしたら即凍死かも。

 やべーな、べるなんとか領。

 こんな所に人間が住んでると思えないけども。

 いや、ゆうべ盗賊とかいっぱい居たし、普通に住んでるかも。


「暖炉の火は?」

「は、はい! 盗賊共が火の番を」

「えっまじで? 優しいじゃんあいつら」

「殿下の慈悲が巡り巡って来たのですよ」


 慈悲与えてないんだけどな……。



 また干し肉+渋い葡萄酒のゴキゲンな朝食を終え、館の中、暖炉の前。

 朝から酒飲めるとかこの環境、最高では?

 だ、が。

 残念な事に、まだだらだらとできない……。

 仕事中なのである。


「という事で、丸投げする相手を探したい」

「すみません殿下。どういう事でしょう」

「前触れもなくしゃべるクセがあんだな、ニュート様は。王族ってな頭の回転が早いらしい」

「ふふん! ホルン王国の王侯貴族ともなれば当然の事です!」


 こいつら仲良いな。

 このまま貴族自慢するバケツ頭とふんふん頷く盗賊の会話を遮るのはめんど……うん、めんどくさいな。


「おやすみ」

「えっちょっと殿下! 続きを! 続きを仰ってください!」


 めんどい……。


「……盗賊や」

「は、なんでしょうニュート様」

「この辺に頭良い奴とか、代表とか、市長とか、金さえあれば俺がこの領地を豊かにしてやるのにーうぉー!! って感じの善良でハイパーなすごい奴はいないかね」

「注文が多かねぇですか?」

「殿下がご所望である! 早く答えよ!」

「へいへい。っといっても、今のヴェルヴェルク領の有力者か……」


 そう、仕事を丸投げする相手とは、この地の有力者である。

 金はある。

 投げれば勝手に私利私欲で領地を豊かにしてくれるような奴が良い。

 そいつに丸投げすれば、お金ぽーいってすれば。

 俺は働かなくて済む!!

 お金を渡すだけの労力で済むのだ!!

 未来ってなバラ色だな。


「……居るには居ますが、領地を豊かにするってぇと微妙な所でして」

「というと?」

「強欲な商人でやす」


 商人。

 まぁファンタジーだし、居るだろうな。

 しかし人間も居ないのにどうやって商売するつもりなんだろうか、そいつは。

 ちょっとよく分からん。


「有力者……なのか?」

「ですぜ。あっしらの武器もその商人から買ったもんですわ」


 七人の盗賊がばっと斧を掲げる。

 質の良し悪しは分からんが、商売してるなら商人だろう。

 このなんとか領……いい加減覚えよう、ヴェルヴェルク領には盗賊が蔓延っていると聞くし、その盗賊相手に商売してるなら人脈も広いかもしれん。


「よし、会いに行こう。案内を頼めるか? 金は出すぞ」

「で、殿下!」

「金なんかいらねぇです。昨晩命を助けてもらった恩がありやすからね!」


 殺しかけたのも俺だがな。

 まぁヨシ。

 バケツ頭に馬車を運転させ、俺たちはその商人に会いに行く事にした。



「商人なら街中に店出せよ、馬鹿なのか?」

「へへっ、この辺りは寒すぎやすから、こっちのが都合がいいんでさぁ」

「寒すぎるから?」

「そろそろでっせ、ニュート様」


 都を少し離れ、山中。

 馬車一台がやっと通れるくらいの山道を抜けると、目的地。

 雪の白の中に、真っ黒い洞窟があった。


 客車から顔を出す。

 よぉーく見えねぇなぁと目をこらすと、牢屋っぽい格子が見えた。

 あとちょっと臭い。洗ってない犬みたいなかほり。


「地下のがあったけぇなんてよくある話でして。あっしらも真冬になれば山にこもります」

「ほうほう。ってことは、商人はここに住んでるのか? 牢屋に?」

「おや、ニュート様はご存知ありやせんか、あれはですね……」

「殿下! 客車の中に!」

「うぉっびっくりした」


 御者台からのバケツ頭の声にびっくりして、身を引っ込める。


「なんだよバケツ頭……」

「早く立ち去りましょう。少し揺れますので」

「おいおいおいおい! 俺達は商人に会いに来たんであって……」

「関わってはなりません! 殿下!」

「あ?」


 バケツ頭の声が少し震えてた。


「あれは……奴隷商、です」


 全身鎧着てても、寒い事は寒いらしい。

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