睦月  満月 新年の宴

「いやだからさ、これからの時代は、ブレイクダンスなんだって」


 うたげ面子めんつでは一番小柄な男性、碓氷貞光うすいさだみつさんは、袴に似合わないキャップ姿で、くるりと回って見せる。


「なんせ、次回のオリンピック競技にまでなってるんだぜ。モテるなら、これしかないよ」


 クサブキさんは、眉をひそめてその姿を眺める。


「ブレ……その舞が、人気があることは分かった。しかし、お主が舞手であると、それだけで興が醒めるのは何故なのか」

「いや、宙に浮ける人間が、地べたで回ったり逆立ちして見せたところで、茶番でしかないだろ」


 陰陽師、安倍吉昌あべよしまさが、冷静に分析する。


「あのダンスは、重力に抗して人間が極限の技を披露するからこそ、面白みがあるんだよ」

「なるほど」


 その場の全員が納得する。


「……いや、一応、技とか、覚えて来たんだぜ。誰か、せめて一回、見てくれよ……」

 貞光さだみつさんの、哀し気なつぶやき。


「じゃ、じゃあ、私、拝見しましょうか」

 優しい薫子かおるこさんが、そっと手を挙げようとするが、その手を、彼女の隣に座っている寡黙な青年、渡辺綱わたなべのつなさんが押さえた。


「薫子、おかしなものに付き合わなくて良い。……舞が、見たいなら、俺が舞う」

「……綱さんが……!?」


 クサブキさんを除いた全員が驚愕する。

 クサブキさんは、軽くうなずくと、指を鳴らす。途端に、つなさんの姿は、いつものラフなジーパン姿から、クサブキさんと同じような、平安貴族の装束になる。手には、扇。


 彼が板の間に立ち息を吐くと、途端にその姿が、一幅の絵のようにぴしりと決まる。本気で集中した綱さんの姿は異様な美しさで、私たちは、誰も視線を外せない。


 クサブキさんの静かな笛の音が始まる。それに合わせて舞う綱さんと、その後ろにぽっかりと浮かぶ1月の満月。

 それは、余興とはとても言えない、幽玄な舞だった。


 薫子さんは、ぽうっと頬を上気させて、綱さんを見つめている。

 私たちは、ただ微笑ましくそれを眺める。


「……これの後に、素人のブレイクダンスなんてできるわけないだろ。お前ら、ずるいんだよ」

 自棄やけのように日本酒をあおりながら、貞光さだみつさんがぼやく。


「まあまあ、もう少し宴が進めば、俺が腹踊りで座を温めてやるから……」

 ものすごい勢いで日本酒を消費しながら、いつものジャージ姿で、坂田金時さかたのきんときさんはニコニコしている。

「腹踊りと一緒にするな」

 貞光さだみつさんのぼやき声。

 



 1月の満月の夜。頼光四天王よりみつしてんのうと、安倍吉昌、薫子さんが結界内に集まって、私たちは、遅めの新年会を開いていた。


くさぶき。まだ、俺たちと仕事をする気には、ならないか」

「……」


 なぜかハイレベルなロックダンスを披露しているジャケパン姿の弓男、卜部うらべさんを眺めながら、安倍吉昌は静かな声でクサブキさんに尋ねた。横顔のまま黙っているクサブキさんの様子に、軽く息をつく。


「まあ、待つさ。やる気になったら、いつでも、戻ってきてくれ」

「……お前たちには、感謝している」


 クサブキさんの静かなつぶやき。


「この世で再び、誰かとこのような時間が持てるとは、思いもしなかった」


 安倍吉昌は何も言わず、ニヤリと笑うと盃をあおる。

 



 白黒の世界に、くっきりとした満月が浮いている。


 クサブキさんは、黙って私の手を握り、煌々と輝く満月と、その下で笑いこける仲間たちを眺めている。


 その唇には、柔らかい微笑みが浮かんでいた。




****************


  筑波嶺の みねより落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる


     陽成院  『後撰集』恋・777


(訳)

 筑波山の峯から流れてくるみなの川も、最初は小さなせせらぎほどだがやがては深い淵をつくるように、私の恋もしだいに積もり、今では淵のように深いものとなってしまった。

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月ごよみ隠れ里奇譚【カクヨム版】 霞(@tera1012) @tera1012

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