師走  朔  新しい月の下

 冬の天の川は、夏のそれに比べると見つけるのが相当難しい。

 シホウは、星を見るには良い条件だし、今日は新月。それでも、目を凝らしても私には、心の目で見ている、程度にしか、判別できない。


「星を見るのに、そのように難しい顔をして。酒が、ぬるまるよ」

 クサブキさんの、笑みを含んだ声。


 私たちは、珍しく燗酒を味わっていた。

 私たちの間には、お湯につけた徳利が置いてある。

 その距離が、私には、少し哀しい。


 私の魂が、薫子さんから、昔の自分の身体を模した式神に移ってから、2週間あまり。

 クサブキさんと私の間には、いつも微妙な距離がある。

 彼はあれ以来、全く私に触れようとはしなかった。


(やっぱり、これだけ外見が変わっちゃうと、受け入れられないのかな……)


 10年前、私は17歳で、命を落とした。特殊な環境で生まれ育ち、自分でもそう思っていたし、周囲からも、浮世離れした幼い容姿だと言われていた。薫子さんは、外見も内面も、年齢相応の成熟した大人の女性だ。


 私自身は、得意の順応性の高さで、もうすっかり今の身体になじんでいる。

 でも、初めからずっと薫子さんの身体の私と過ごしてきたクサブキさんには、受け入れるまで時間がかかるのだろう。

 分かってはいるけれど、やっぱり、少し寂しい。



 燗酒は、ゆっくりと私の身体を温めてくれる。でも、私の胸はすうすうする。

「この身体は、お嫌いですか」

 つい、甘えてすねたようなことを言ってしまい、唇をかむ。


「嫌いなどと……」

 クサブキさんは、心底驚いた様子で、私を見つめる。

 それから微かに、顔を歪めた。


「そなたの、その、新しい姿は、あまりにも可憐で清らかなので。……私が触れたら、汚してしまいそうで、……恐ろしい」

 苦いつぶやき。

 私の中の、哀しさが、大きくなる。


「汚す、だなんて。私は、あなたの、妻なのに」

 私の言葉に、彼は軽く目を見開く。

 それから、そっと立ち上がり、私の隣に座って手を取った。


「あまね。……不安に、させたかな」

 私の、微かに涙のにじんだ目をのぞき込む。


「不甲斐ない夫で、すまない」

 クサブキさんの静かな声に、私は黙って首を振る。何か言葉を発したら、涙声になってしまいそうだった。 


「……これでは俺は、まるっきり初心うぶな若造のようだな」

 彼は苦笑いをして、そうっと私を抱きしめる。


 彼の胸。腕の感触。

 途端に私の心はとろけてしまう。


「……クサブキさん」

 つぶやくと、ふいに回された腕の力が強くなる。

 

 顔を上げると、すぐそこに、熱を帯びた彼の瞳があった。

 私たちは、そっと唇を合わせる。


「あまね」

 もう一度、抱きしめられ、彼の胸から優しく響く自分の名を聞く。

 切なさが溢れ、私は彼の胸に頬をすり付ける。



 これから生まれてくる、新しい月の下。

 私たちは、ずっと、二人で夜を越えていく。

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