卯月 満月 恋文
平安貴族は、恋愛も仕事の内だったというが、それは、ものすごく説得力のある話だ。
毎日、クサブキさんから送られてくるお手紙を開いては、私はしみじみと思う。
ぐみ、なんて書かれていたころが懐かしい。
紙面はいつも、びっしりとひらがなで覆われている。
動物たちの近況報告などは、文字が解読できさえすれば、内容は何となく理解できる。
問題は、和歌である。
はっきりいって、ちんぷんかんぷんだ。
まず、なぜか和歌の部分の文字は、つながって書かれていて読みにくい。
昔からの習慣で、そうなってしまうらしい。
万一読み取れたとしても、内容がまた、全く理解できない。
オリジナルもそうでないものも贈ってくれているらしいが、本当に申し訳ない気持ちになる。
「私の、気持ちなので。ご無理なさらず、捨て置いていただければ、良いのですよ」
クサブキさんはそう微笑むが、私はいつも、手紙を読まずに食べ続けるヤギの歌を思い出してしまう。
子供心に、あれほどひどい行為はないと思っていた。
自分がそれをしていると思うと、本当に心が痛む。
加えて、まだ問題がある。
古文の授業で習った、恋愛ものの和歌を思い出してみてほしい。あれが、自分に向けられた歌だと思ったら、どうだろうか。
J-POPの歌詞も真っ青の破壊力である。
自慢ではないが恋愛経験が皆無に等しい私には、とにかく、強烈すぎる。
もちろん、毎日手紙を贈ってもらえるなんて、とってもありがたいしうれしいのだが。
その道のプロといったクサブキさんの甘い攻撃に、全体的に私は、いっぱいいっぱいだった。
*
「アマネ殿、……なぜにそのように固くなっておいでです」
クサブキさんは、首をかしげて私の顔をのぞき込む。
(……近い……)
近いというか、ほぼ距離が、無いに等しい。
クサブキさんの息が、私の首筋にかかる。
今日はゆっくり、お月見をしよう。
そういわれたので、もちろん私は、こたつで並んでお庭を鑑賞すると思っていたのだ。
ところが、縁側に出た方が良く見える、と連れ出され、寒くありませんか、と上着をかけられ、気がつくと、柱にもたれて座るクサブキさんに、私は後ろから抱き込まれる格好になっている。
月の光が、フィルターがかかったようにキラキラと見える。
そんな自分が恥ずかしい。
「本当に、あなたは、清新な方だ」
クサブキさんは優しく微笑んで、私の髪をなでる。
もう少女とはとても言えない女に対して、これは誉め言葉なのだろうか。
押されっぱなしの私は、くっついている背中とか、息のかかる首筋とか、ほとんどじっと私を見つめているらしい甘い視線とかから何とか意識を逸らそうと、余計なことを考える。
「……酒を、召されますか」
パチリ、と指が鳴らされ、私たちの傍らに、お盆に乗った徳利と盃が現れる。
飲むしかない。
ぐい、と盃をあおった私の唇を、彼の指がぬぐう。それをぺろりと舐めながら私を見つめる姿に、くらりとする。
「クサブキさん……もう少し、お手柔らかにお願いします」
とうとう、私は音を上げた。
彼は首を傾げながら、くすくすと笑っている。
からかわれていたらしい。
「……これほど美しい月は、いつぶりかな」
彼は目を細めて夜空を見上げる。
「朝が来るのが、恨めしいな」
それは私も、同じ気持ちだった。
私たちは黙って、潤んだ春の月を眺め続ける。
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