第57話 平穏な日々

 あれから三年の月日が流れた。


 八幡宮の境内はソメイヨシノが若葉をつけ、続いて少し色の濃い八重の桜が見頃を迎えていた。


 咲き誇る満開の桜の下、五平と八重が並んで歩く。


 薄桃色の着物に若草色の帯を巻いた八重の胸には、宮参りを済ませたばかりの赤子が抱かれていた。


「ああ、ええ日になった。こんな日に八幡様にお参りできて、泰司たいしは幸せ者じゃな」


 良庵に名付けを頼み、泰司の名を貰った男児は八重の腕の中で小さなあくびをした。


「しがない門番で終わると思うておったわしの人生は、お前様に出うてから大きく変わった。感謝しておるよ」


 五平は良庵に弟子入りし、町医者の跡目を継ぐ勉強を始めた。元来真面目で面倒見の良い男ゆえ、町の人々の信頼も厚い。良い町医者になると良庵も目を細めていた。


「人生を変えていただいたのは私の方です。五平様に出会うまで、私はこんなに穏やかで幸せな日々を望むことすら知りませんでした」


 良庵の元で薬草の調達や調合を手伝っていた八重だったが、産後は一時的に長屋に戻り、おばちゃん連中に産後の手助けをしてもらっている。

 

 幸せを噛み締めるようにゆっくりと歩く二人の間を春の風が吹抜け、祝福するように桜の花びらを巻き散らす。


 ひとしきり舞った八重桜の落ちつく先には、黄色い蒲公英たんぽぽが花びらを受け止めるかのように咲き誇っていた。

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