第33話

 鬼八に発煙筒を渡したあやめは、その足で自身の屋敷に戻った。


「かか様?」

 夕げの支度をしていたお涼は只ならぬ雰囲気を感じたか、手を止め母の顔を覗き込む。


 とうになったばかりのお涼をあやめはそっと抱きしめた。

「あぁ、本当に。お前がいてくれてよかった」

 突然の出来事にお涼は不思議そうに首をかしげて黙っている。


「母は今より任務に出る。いいかいお涼。この先どんな困難が有ろうとも、母はいつでもお前のそばにいる」

 今生の別れのような言葉にピクリとお涼の肩が揺れた。

 あやめはその肩を掴むと真っ直ぐにお涼を見た。 

 自分に瓜二つの美しい娘。

「この命を賭しても余るほどに護りたい者がいる私は、本当に幸せ者だ」

 

 それはお涼に向けた言葉のようにも、お涼を介して誰か他の者に向けた言葉のようにも聞こえた。


 あやめが立ち上がる。

「猿!」

「これに」

 土間に控えた忍が声を発した。


「お涼を宗兵衛様に預ける」

「あやめ様!」

「影の任を解く。これよりそなたは宗兵衛様の影となり、里を護れ」

「!!」

「お涼を頼む」


 猿は音もなく闇夜に紛れたあやめを、流れる涙を拭いもせずに見送った。


 宵闇はあやめの独壇場だった。

 見張りの目をかいくぐり、あやめは火見櫓ひのみやぐらの下に火薬を仕込んだ。


 更に炎が目立つよう高い屋根に次々と導火線を引いていく。


 敵の火薬庫に忍び込んで持ち出した火薬タネを全て仕込み終えると、あやめは本丸の屋根の隙間に身を隠した。


 早朝より開門した。

 大がかりな軍勢が隊列をなして城下を進んでいく。

「これほどの大軍、いかに宗兵衛様といえど骨が折れよう」

 あやめは不安げに呟いた。


 国境までおよそ二刻半。※

 まんじりともせずに西を見つめるあやめの目に濃い紫の狼煙が映った。


 すかさずあやめは火矢を放つ。

 寸分たがわず仕込んだ火薬に到達した矢は、大爆発を起こしてもくもくと黒煙を吐きながら炎を撒き散らした。

 導火線を伝い、次々と爆破が連鎖する。

 場内は騒然。

「賊じゃ! 賊をとらえよ!」

「火を消せ! 水を持て!」

 あやめは混乱に乗じて城内への潜入に成功した。


 ※およそ五時間

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る