第27話 父の思い

「そなたには二代にわたり、苦労をかける」

突然宗兵衛は猿に詫びた。


「本来お主は里一番の忍びと言われたあやめの影」

「昔のことにございます」

猿は狼狽えるようにしゃがれた声を絞った。


「先の対戦であやめを失ったのは、全て私の失態……あやめの忘れ形見、お涼を生かそうと思えばこその此の仕打ち。そなたには酷であったろう」


かしらのご温情、この猿めは理解しておるつもりにございます。崖から落ちたお涼様を救い上げ、誰にも見られぬよう五平の元へと誘導せよとの下知には頭の下がる思いにございました」


「鬼八の執念は恐ろしい。死んだと思えば諦めようものを……」


「父としてお涼様の幸せを願うかしらのお心は、あやめ様も天上より見守っておられましょう」


「……猿よ、最後に一つ頼まれてくれ」


かしらともあろうお方がなんと気弱な!」


「万が一この身に変事があれば、鬼八の魔の手はお涼に及ぶ。その時は、そなたがお涼を逃がしてくれ」


「…………御意」

猿は深く腰を折ると祈るように頭を下げ、やがて音もなく座敷をあとにした。


***

「そこつ者なれど、逃げ足は早い……か。ひどい言われようじゃねぇか」


 軒下に潜んでいた佐吉はニヤニヤと笑いながら猿に続いて闇に消えた。

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