第15話 鬼八と佐吉
「間違いありやせん。お涼のヤツ、生きてましたぜ」
低い声でそう切り出したのは、大八車を引いてた下男だ。舐めるようにお涼の姿を盗み見ていたのは、ここで報告をするためだったに相違ない。
『ついたてで仕切られた小料理屋の座敷で男が二人差し飲みをしている』と聞けば珍しくもない光景だが、この二人の回りには何やら不穏な空気が流れていて店の者も好んでは近づかない。
下男の格好をしている男の正体は『
影とは主人となる上忍と主従関係で結ばれ、主人の命令を最優先に受けて動く存在だ。
佐吉の主人に当たるのが正面に座っている『隻眼の
佐吉は食いぎみに話の先を急ぐ。
「いえね、先月阿ノ国の内情をちょいと聞き込んでいた時、城のお抱え忍者どもに捕まりかけたんでさぁ」
「そんな失態、聞いておらんぞ」
「えっ?いや、捕まりかけたってだけでもちろんちゃんと逃げ仰せましたんでね」
「当たり前だ。さもなくば、お前の頭は今ごろ首に繋がってはおらん」
「脅さねぇでくださいよ。ちゃんと馬の尻引っ掻いて騒ぎ起こして、逃げきる算段はついてたんですから。
しかも、その騒ぎでお涼を見つけたんですよ。暴れ馬に向かっていくあの度量、間違いない! ありゃ本物です」
佐吉は一旦言葉を切った。
「死んだと見せかけて生かされているとは、こりゃ『お涼が
「しゃべりすぎだ」
鬼八のドスの効いた冷たい声に、佐吉は慌てて口をつぐんだ。
「と、とにかくお涼のヤツ、暴れ馬に踏まれかけた子供を救った後に忽然と消えちまったんでさぁ。
そこであっしは木綿問屋に下男として潜り込んだんですよ。女将とご隠居が恩人を探せと躍起になってましたんでね。
それで今日、ついに探し当てた長屋に出向いてお涼の居場所を突き止めたって訳なんです!」
鬼八は隻眼を閉じしばらく考えていたが、佐吉に次の任務を与えた。
「里に戻って頭の部屋を見張れ。お涼は偽の巻物をつかまされた責任を取って処分されたことになっている。だが、お涼が生きているなら事情も変わる」
「本物の巻物を頭が持っていると?」
「あながち夢物語でもねぇだろう?」
「へへっ面白いことになりそうだ!」
佐吉は音もなく席を立った。
一人になった鬼八は呟いた。
「俺から逃げられると思うなよ、お涼!」
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