第12話 祝言

「見ておった、見ておったとも。お前さんのお陰で童子わらしは助かった。女将も泣いて喜んどった。人の命は着物の一枚や二枚に変えられるもんじゃあねぇ」


 五平はお涼に回した腕に力を込めた。

「それよりもワシはお前さんが居らんようになってしもうて気が気でなかった。このままお前さんが消えてしもうたらと思うと、空恐ろしかった」

 涙声の五平に驚いて、お涼は何も言えなかった。


「着物くらい買うてやる。いくらでもとはよぅ言わんが、できるこたぁ何でもしてやる。じゃけえ、ワシのそばに居ってくれ。突然居らんようにならんでくれ、頼む!」

 すがるような五平の声にお涼もまた涙声で応えた。

「……不束ものですが、よろしくお願いいたします」


***

「なんじゃ、五平! まだこげなボロを女房にまとわせて!」

 丈の足らぬ古着を身につけたお涼を見て長屋のおばちゃん連中はやいのやいのと五平を責める。


「ほんでも、祝言をば挙げたかったんじゃ」

 五平は眉尻を下げ、はにかみながら応える。


 長屋の連中と良庵先生を呼んで酒と食事をふるまい、借りていた布団を返して新しく夫婦の布団を新調したところで五平の蓄えは尽きた。

「また銭たまったら、着物は買うてやるから……」

 モゴモゴと言い淀む五平の手をとり、お涼は頬を赤らめた。

「なにも要りませぬ。お前様のそばに居られるだけで……それだけで十分にございます」

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