第9話 暴れ馬

 一月ほど過ぎた昼下がり、二人は再び木綿問屋を訪れていた。


「まぁ、良くお似合いでございますよ!」

 女将の言葉は世辞ではなかった。

 薄桃色の着物に若草色の帯がまるで春の桜を思わせた。貰い物でなくきちんとあつらえて作った着物は、手足の長いお涼にきちんとあわせて仕立てられていた。


「あっ、あの……」

 あまりの美しさに面食らった五平はしどろもどろになり、あわててお涼から目を逸らす。


「まぁまぁ、旦那さん。そんなことでどうしますか。ほら、着物にあったかんざしでも選んで差し上げてはいかがです?」


「いえ、これ以上は……」

 あわてて女将を止めにかかったお涼は、ピクリと耳をそばだてると出し抜けに店の外へと飛び出した。


 遠くに見える土ぼこりと罵声はあっという間に近づいてくる。


「暴れ馬だ!」

 力丈夫な男衆が揉んどりうって倒れていく。

 手綱を取ろうと必死になっているのは馬主だろうか。

 逃げ惑う人々の足元で、小さな男の子がつまずいた。


「危ない!」

 甲高い悲鳴と共に、正気を失った暴れ馬がよだれを振り撒きながら駆けてくる。


「正太!!」

 問屋の女将が叫ぶのと薄桃色の着物が翻るのは、ほぼ同時であった。

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