第7話 人情長屋

「あいすまぬ! 人の噂も七十五日と申すでな、しばらくすれば収まると思うが……」

 体を小さく折り曲げて謝る五平に、お涼の顔は知らず綻ぶ。


(こんなに穏やかな気持ちになったのは生まれてはじめて……)

 お涼は目の前の五平に頭をあげてくださいと申し出る。


 床を離れる時間も増えてきた。本来であればこの家に居座る理由もない。

(私はこの先、一体どうするつもりなのか……)

 お涼は己の心が見えず困惑していた。


 半年も過ぎるとお涼は体を動かせるほどに回復した。


 長屋のおばちゃん連中に分けてもらった古着を身に付けていても、お涼の美しさは損なわれるものではなかった。


 海水で傷んだ髪も櫛をいれれば艶やかな黒髪へと変わった。短い着物の袖から覗く白磁のような肌にスッと通った鼻筋、切れ長の目、花の綻ぶ唇。どれをとってもまるで日本人形のような美しさであった。


「あんたのような器量よしなら御旗本への輿入れ話も出たろうに」

 下世話な井戸端のやり取りをお涼は笑ってかわす。

「五平様は私の恩人ですから」

 そうお涼に言われれば、同じ長屋の住人としておばちゃん連中も気分が良い。


「そうともさ! 身分が違えば苦労も多い。旗本がなんだってんだい! うちとこの五平の気立てのよさはそらもう天下一さね!」

 こうしてお涼はすっかり五平の内縁の妻として認知されていった。


 お涼は良く働いた。

 五平の居ぬ間に掃除洗濯炊事をこなし、山に入って薬草やら山菜を採ってきた。


 一流の忍びとして教育を受けてきたお涼はその高い身体能力で人の入らぬ山奥へと出向き、その知識で希少な薬草を選り分け探して来ては町医者の良庵にこれを届けた。


 はじめは訝しんでいた良庵も長屋で落ち着いて暮らすお涼を見てこれを受け入れ、ちょくちょく薬草の調達を仕事として頼むようになった。


 こうしてお涼の内助の功を得て、五平の暮らしは上向いていった。

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