第6話 長屋の暮らし

「良庵先生の屋敷のように勝手は良ぅないが、雨風はしのげよう。傷が癒えるまでここで辛抱してつかぁさい」

 五平はそういって、お涼を背から下ろした。


 五平の大きな背中に揺られて夢見心地だったお涼は板の間におりると両の手をついた。

「見ず知らずの御方にこのような情けをかけていただき、言葉もございません」


「なぁに、困ったときはお互い様だ。頭をあげておくんなさい」

 五平はあわててお涼を起こすと、耳まで真っ赤にしてかめに水を汲みに行った。


 良庵先生のところから布団を一組借りてくると、五平は自分のせんべい布団をいろりの脇に敷き、座敷にお涼を寝かせた。


 狭い長屋でそんなことがばれないはずもなく翌日には『五平がとうとう嫁をとった』と騒ぎになり、一目見ようと長屋のおばちゃん連中が詰めかけた。


「あんた、いつの間にこんなべっぴんの嫁さんを見つけてきたんだい!」


「お涼さんって言ったかい? この男はねぇ、甲斐性はないし見た目は熊みたいだが心根は優しい男だよ。あんた、見る目があるねぇ!」


「ですから、違うんですって!」

 あわてて訂正する五平に、おばちゃんたちの集中砲火が止まらない。


「何が違うってんだい! 若い男女がひとつ屋根の下で暮らすってんなら、夫婦に相違なかろうが? 違うってんならそっちの方が大問題さね!」


 長屋のおばちゃんたちはそのたくましい想像力で『五平のもとに遠く越後の実家から幼馴染みのお涼が押し掛け婚をしかけたが、当のお涼が長旅で体調を崩し祝言は先送りになってしまっている』という筋書きをつくりあげ、その噂は瞬く間に近隣へと広まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る