第5話 生還

 二日目の朝、うっすらと目を開いたお涼は焦点の合わぬ目で五平を見た。


「おお、気がつきなすったかね?」

 五平は嬉しそうに話しかけてくる。

 お涼の頭が回りだすまでに長い時間がかかった。


 「…………ここは……」

 二日間使っていない声帯は思うように振動せず、かすれた声がお涼の口から漏れた。


「ここは町医者、良庵先生の屋敷じゃ。案ずることはない。しっかりまずは体を治しなされ」

 五平はそういうと背中の傷に触らぬよう、うつ伏せに寝かせたお涼の体を気遣った。

「苦しくはないか? 何か口に含めるものはないか?」


 お涼は戸惑った。

 使い捨てのくノ一など所詮はただの駒、気遣われることには慣れていない。

 死の間際に望んだ五平との再会に、お涼は胸をつまらせていた。


 もともと現役くノ一のお涼。若い体は鍛えられ、体力もある。

 死の縁から抜け出すと、五平の看病のかいもあって日に日に回復していった。


「お前さんはどこから来なすったね?」

 素性を尋ねてもうつむき黙り込むお涼に、五平はどう接したものか思案した。


「五平や、気の良いお前には酷な話かもしれんが……」

 良庵先生に昨夜持ち出された話が五平の頭の中をグルグルと回る。

「背にある傷は落ち忍の烙印。あれは任務をしくじった忍びじゃ。そばに置けば災いの火種となるやも知れん。悪いことは言わん、関わらぬことじゃ」


 その日の晩、五平は良庵先生に幾度も礼を言うとお涼を連れて長屋に戻った。

 万が一にも良庵先生に迷惑をかけるわけにはいかぬ、かといって背に傷を負ったお涼をこのまま放り出すのもしのびない。

 五平の苦渋の選択であった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る