第23話、決着と

 そして、戦いに決着けっちゃくが着いた……

「俺達の、けか……」

「やれやれ、負けた負けた。くっやしいなあ」

 そう言って、え盛る火の海のまちで横たわる道化師と死神。やはり、二人は何処まで行っても愉快犯ゆかいはんで快楽主義者なのだろう。

 僕の背後には、召喚しょうかんした皆がそろっている。誰も、欠けた者は居ない。完全無欠なる勝利しょうりだった。

 道化師は心底楽しそうな顔で、今度はあざけりのない心からの笑顔で僕に言った。

「楽しかった。満足まんぞくだ。お前達の勝利かちだ、ひと思いに俺達をやってくれ」

 それで終わる。そう道化師はげる。だが、僕はもう道化師たちを殺すつもりはなかった。いや、とっくのむかしから僕は道化師たちを殺すつもりは最初から持ち合わせていなかった。

 倒すべき相手として認識にんしきしていた。誤解のないよう言えば、いかりや憎しみすら覚えていた。けど、殺して全てをわらせるつもりだけはなかった。

 そんなつもりは、更々無かった。

 けど、事此処に至ってはもうそれで終わらせられるいきを超えてしまっている。

 ……もう、こいつ等を殺さなくてはならないのか?

 そう、思っていると―――

「なら、私が二人の命をあずかりましょう」

 声が聞こえてきた。振り返ると、其処にはスナック『口裂け女』の店主てんしゅである翔子さんが立っていた。

 翔子さんは、火の海を一切気にする素振りを見せずに悠然ゆうぜんと歩いて道化師たちに近付いていく。そんな彼女を、バツが悪そうに顔をそむける道化師。

 以前、翔子さんから道化師と知り合いだとはいていた。けど、具体的にどういう関係なのかは流石に知らなかった。果たして、二人はどのような関係かんけいなのか?

「…………一体何をしに来た?こんな俺をわらいに来たのか?」

「そんな悪趣味あくしゅみを私がすると思う?貴方じゃあるまいし」

「……………………」

 翔子さんを前に、道化師は何時ものふざけた雰囲気ふんいきを消してしまっている。どういう訳か借りて来た猫のような大人おとなしさだ。そんな彼に、死神は目を見開みひらく。

 そして、そんな道化師に翔子さんははぁっと深い溜息をいた。

「呆れたわ、本当に貴方は私が何のために此処へ来たのからないのね」

「……何を?」

「私はね、貴方をめに来たのよ。でも、此処に着いた時には既にヤマト君によって止められていた。だから、私がやるべきはもう一つしかのこっていないのよ」

「……………………」

「私はね、貴方をき取りにきたの。貴方を引き取って、平凡な日常セカイへと帰るの」

無茶むちゃを言っている自覚はあるかい?そんな日常は、俺がこわしてしまったよ」

 そうね、と翔子さんは言った。けど、それでも翔子さんはそっと口元のマスクを外して耳元まで裂けた口元をさらした。

「本当はね、私は貴方に死んで欲しくないだけなのよ。もっと生きて欲しい、ただそれだけの話でしかないの」

「どう、して……?」

「分からない?私にあれだけの想いをかせて、ずいぶんと鈍感どんかんね」

「……………………」

 ついに、降参こうさんしたとでも言うように道化師はそっぽを向いた。そんな道化師の頭をそっと両手でつつみ込むように持ち、翔子さんは再び道化師と向き合った。

 自動的に道化師と翔子さんは見詰め合う。翔子さんの瞳は、れている。頬も僅かばかり赤みを差している。

「以前、私が迷惑な客にこまっていた時の事よ。貴方はその迷惑客を笑いながらひと手間でらしめてくれたでしょう?」

「……ああ、そんな事もあったネ」

「その時、貴方は偶然私の素顔すがおを見た。けど、貴方は私の素顔を見ても一切怖がる素振りも気持ち悪がることもなく綺麗きれいだと言ってくれた」

「……ああ、でもそれは其処にいるヤマトだって同じ筈だろう?」

「ええ、でも貴方とヤマトでは決定的にちがうところが一つだけあった」

「……それは?」

 そっと、そのまま翔子さんは道化師の首へ腕を回しき締めた。抱き締められた道化師は動揺どうように目を見開いている。

 正直、こんな道化師は初めて見た。僕の知っている道化師は、何時も愉快犯的に迷惑と混乱を振りまいているイメージだったから。

「貴方は、世界の全てをたのしんでいる。誇張表現を抜きにして、貴方は全てを楽しんでいるの。そんな事、私にもヤマト君にも出来できなかったから」

「…………それは」

 ……そうだ。僕と道化師の違いは其処そこにある。僕はただ、世界を楽しもうと必死ひっしなだけでその実全てを楽しむ事なんて出来できていない。

 それと比べ、道化師は世界このよの全てを楽しんでいた。誇張抜きで全てが楽しいと言っていた。そして、それこそが僕と道化師の違いだった。

「でも、同時に不安ふあんでもあったわ。貴方、ほうっておけばそのまま勝手に何処かへ行ってしまう気がしたもの」

「……………………」

「貴方が、愉快犯的に迷惑めいわくを振りまくのはそれしか方法ほうほうを知らなかったから。本当はそんな事をしなくても、貴方は世界すべてを楽しめるのでしょう?」

「……そうだよ」

「だから、私は貴方を自分のそばに置いておくの。何処かへ勝手に行くのなら私が引き留めてあげるから」

 覚悟かくごしておいてね?そう、茶目っ気たっぷりにウインクする。

 そんな彼女に、道化師は今度こそ降参したように笑みを浮かべた。

「……貴方グリムも、それで良いでしょう?」

「ああ、分かったよ。道化師ハメルンが君についていく以上は俺も付いていくよ」

 そう言って、死神は笑った。

 ……こうして、今回の事件は無事に終息おわりを迎えた。被害は思った以上に大きかったけれど、それでも翔子さんが街の皆に頭をげて回った事で生き残った人達は皆納得をしたらしい。こう見えて、翔子さんの街での発言力はつげんりょくは大きいのである。

 本当は、皆道化師や死神が生きている事を快くは思っていないだろう。二人を処断する事を望む声だって大きかった筈だ。

 けど、そうはならなかったのは翔子さんの人徳じんとくの高さ故だった。

 ……それを言ったら、何故か翔子さんからは僕のおかげだと言っていたけれど。

 何故だ?

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