第11話、歪なアイ

 家に帰宅後、僕はそのままアキさんとメリーさんに幽霊ゆうれいの女の子を連れて適当に地下倉庫へと入っていく。家の中で一番広い部屋へやは其処だからだ。

「……じゃあ、君は部屋の中心ちゅうしんに立って。そのままじっとしていてくれ」

 女の子に言う。女の子はだまって頷くと部屋の中心で立ちまった。

 僕は札を取り出して降霊術こうれいじゅつを始めた。

 ゆっくり、僕は祝詞のりとを唱えてゆく。自然、地下室にもかかわらず空気が冷たく澄んでゆくのが理解出来る。地下室に霊力れいりょくが溜まってゆくのが肌で理解出来る程に強くなってゆく。

 しかし、此処で予想外な事態じたいが発生した。

 バチバチッと空間に電気でんきが走る。ラップ音が周囲にひびく。そして、同時に嫌な気配が周囲に立ち込めてきて……

「……娘。俺の、むす、め」

 地の底からうような低い声が響いてきた。その声はのろうような、全てを恨むような強烈な呪詛じゅその念が籠められていて。

 それは、まさしく怨念おんねんと呼ばれるものだった。

「娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘娘、むすめえええええええええええええええっ‼」

 絶叫と共に、こわれたその男は現れた。

 その身体は黒い呪詛のもやに包まれ、目はあかく血走っている。

 しくじった、まさか此処までとは。此処まで壊れているとは思いもしなかった。

 いや、或いは最初から念頭ねんとうに入れておくべきだったのかもしれない。女の子の父親は妻を失った頃に既に壊れ始めていた。そして、娘が自殺した事で歯止めが利かなくなり完全に壊れたのだろう。

「お、父さん……?」

 呆然とつぶやく女の子に、怨念の目はぎょろりと向いた。やばい、この男は間違まちがいなく壊れている。だったら、そんな状況で娘を前にすればどうなるか?

 それは、女の子に向かってぎ払われた拳が雄弁に物語っていた。

「くっ!」

「きゃっ!」

 咄嗟に女の子をかばった。しかし、代わりに僕が拳に直撃して地下室の壁に激突。身体がしびれて動けなくなった。

 どうやら、強い怨念により身体が言う事を聞かないらしい。身動みうごきが取れない。

「ヤマトっ‼」

「っ、お前……」

 メリーさんが咄嗟とっさに包丁を取り出し、アキさんが人狼じんろうの姿へ変化した。そんな彼女達に、怨念は拳を振るう。その拳を、メリーさんとアキさんはひらりとかわす。

 呆然とその様子を見ているだけの女の子に、僕は怨念の影響えいきょうで動かしづらい口を動かしてはなし掛ける。

「何を、しているんだ?アレは君のお父さんだろ?」

「え、あ……えっと?」

「君のお父さんは今苦しんでいる。きっと、とてもつらい筈だ。だったら、君がやるべきは一つだけの筈だろう?君は今、どうしたいんだい?」

「……………………っ」

 何かを覚悟かくごした表情の女の子。ゆっくりと、父親である怨念の前へと進んでゆく。

 怨念にいどんでいたメリーさんとアキさんは、おどろいて女の子の方を見た。

 女の子は、あばれる怨念に向かって頭を下げた。

「お父さん、ごめんなさい。色々いろいろと言いたい事があるけど、まずは一言だけあやまりたかったの」

「む、すめ……娘、娘、娘えええええええええええええええっ‼」

 しかし、娘に振るわれた拳は俺の投げ放った御札によりはばまれる。悲鳴を上げて拳を引く怨念。そんな彼を、女の子はそっとき締めた。

「お父さん、ごめんなさい。何も出来なくて。私、近くでお父さんがこわれていくのを黙って見ているしか出来できなかった。本当に、ごめんなさい」

「っっ⁉」

 びくんっとふるえる怨念。彼の心に、今女の子の言葉がひびいているんだ。

「だから、もう一緒にかえろう?家族皆で、一緒に帰ろうよ……」

 お父さん―――

 その言葉と共に、地下室は光につつまれて……

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