第7話、メリーさんと口裂け女

 ……一方、メリーさんの方は。

「えっと、確かこのへんだって聞いたけど」

 私は商店街のおくを進んでゆき、その一角にある小さな看板かんばんの店へと入ってゆく。

 その看板には、スナック『口裂け女』とかれていた。うん、中々胡散臭い。事前にヤマトから話を聞いていなければしんじていなかっただろう。それくらいに胡散臭く怪しい雰囲気が満点まんてんだった。

 店内に入ると、其処には一人の女性がグラスを綺麗なタオルでみがいていた。中々様になってはいるが、顔の下半分をおおい尽くす巨大なマスクがかなり目立つ。

「あら?今日は随分と可愛かわいらしいお客さんが来たわね。残念ざんねんながら此処は子供の来る場所じゃないわよ」

「……分かってて言ってるでしょ、私が人間ヒトじゃないって」

 私のツッコミに、口裂け女の翔子はふふっと優雅ゆうがに笑った。何がそんなに楽しいのだろうか?分からないが、笑う姿すがたがとても様になっている。一言、上品じょうひんだ。

「少しんでいく?ジュースくらいなら出せるしお金は請求せいきゅうしないわよ?」

「……いの?」

「そのくらいはね、どうせヤマト君のし金でしょ?」

「ええ、自分が学校に行っている間にもし暇だったら挨拶あいさつしておけと」

「……ヤマト君も相変あいかわらずねえ。私の仕事しごとが何かくらい分かっているでしょうに」

 やれやれね、と呆れたようにつぶやく翔子。何だか苦労性くろうしょうな気もしなくもないが、楽しんでいるふうにも見えなくもない。

 其処はやはり複雑ふくざつなのかもしれない。

 私はカウンターの椅子にすわると翔子がグラスに注いだオレンジジュースを軽く口にする。軽いのど越しにすっきりとしたあじわい。うん、これは良いオレンジだ。

「そう言えば、貴方メリーさんの人形よね?もしかして、ヤマト君をおそったとか?」

「うん、背後はいごに立った筈なのにいきなり背後に立たれてた。もう訳が分からない」

「ふふっ、相変わらずよねえ。ヤマト君は悪戯心旺盛で、私もむかしやられたわ」

「え、翔子も?」

「ええ、口裂け女の都市伝説くらいっているでしょう?」

 確か、口裂け女の都市伝説は……

 人通ひとどおりの少ない通りでいきなり話し掛けてくる女性。口には顔の下半分をおおう大きなマスクが。身体にはコートを着込きこんでいる。

 私、綺麗?と聞いてくる女性。其処で綺麗ですと答えればマスクをはずしてこれでもかと耳元までけた口を見せてくる。

 問題は其処そこでブサイクですと答えた場合だ。もし、ブサイクですと答えたらコートからかまを取り出して襲い掛かってくるのである。

 そんな理不尽りふじんで恐ろしい都市伝説が口裂け女の都市伝説だった筈。

「えっと、それで翔子はヤマトにどうやられたの?」

「ふふっ、ある日私が当時まだ小学生しょうがくせいだったヤマト君の前に現れてね。其処で定番ていばんのセリフを言ったのよ。私綺麗?って。そしたらヤマト君は何を思ったのか綺麗ですってこたえたのよ」

「……ああ、それでマスクを?」

「ええ、私は何時もの通りマスクをはずしてこれでもか?と言ったの。そしたらヤマト君はそれでも綺麗きれいだよと答えたのよ……思わず私、ぽかんとしてしまったわ」

「……………………」

 それはそうだろう。いや、何処の世界せかいに口裂け女を相手にそれでも綺麗ですと答えられる小学生が居るのだろうか?

 いていた私ですらぽかんとしてしまった。

「それでね、更にヤマト君は私にこう言ったのよ。もっと自分に自信じしんを持てと。お前の心も顔もまだ綺麗きれいなままだからと」

「更に口説くどいてやがった‼」

「びっくりよねえ……」

 そう言って翔子は苦笑を浮かべていた。そして、私達二人揃って溜息をいた。

 ・・・ ・・・ ・・・

「じゃあ、またひまな時にでもあそびにくる」

「ええ、またおいで……」

 そう言って、私は翔子のスナックを出た。

 商店街を適当てきとうにぶらぶらと歩いている。すると、其処そこに不思議なものを見かけた。

 とある店と店の間、ちょこんと座り込むあかい服の女の子がじっと私の方を羨ましそうに見つめている。どうやら女の子は幽霊ゆうれいらしい。身体が僅かにけていた。

 ……私は少しだけ気まぐれを起こしはなし掛ける事にする。

「ねえ、貴女は其処そこで何をしているの?」

 これが、私と幽霊の女の子とのえんとなる。始まりだった。

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