第33話 それぞれの決意

 奏呪になり、その胸に龍家の紋を刻んでいる限り、この手は誰かの命を奪うためにしかないのだ。

 普通の生活なんてものは、奏呪になった瞬間に捨てることになった。温かな場所なんてものは、殺し専門の呪術師には縁の無いものなのだ。

 二人はそのまま黙々と歩き、まずは南にある羅城門へとやって来た。ここが最も往来が多く、呪術も強力に仕掛けてあった。

「門に施された術は呪詛の持ち込みの監視と、地方へ追いやった一族が入らないようにするためだったな」

 奏翼が確認すると、奏刃はそうだと頷いた。

「虎の姫は私が与えた呪符のおかげで通過出来たが、本来は入内するなどの特別な理由がない限り、潜ることさえ出来ない」

 そしてここの術の脅威を簡潔に説明した。

「つまり、俺たちの呪いに反応しているということだ。それは要するに血を見分けているってことだよな。となると、それを利用することって出来ないだろうか」

「えっ?」

 奏翼の言葉に、どういう意味だと奏刃は睨む。

「だから、ダニが首都に入らないように、そういう俺たちが呪いを掛けた一族の血を使っているとすればどうだ。ダニは最初、術を掛ける際に呪われている一族の血を培養して育てられている。だから、この門を通過出来ない」

「なっ」

「そう考えればすんなり納得出来そうだ。しかし、それは同時に、どこかの一族が密かに反乱を企てているということでもある」

「なるほど」

 戦が起こるということは、誰かが反旗を翻すということ。そこから素直に考えれば、奏翼の推論が最も適当だ。術の大きさに目が行きすぎて、基本的なことを見落としていた。

「協力している呪術師を特定しないと、被害は広がり続けるからな。奏呪が術ばかりに目を向けるのは当然だよ」

「だとしても、奏呪の長官としてあってはならない見落としだった。確かにずっと呪術師個人が仕掛けているのかは疑問だったんだ。ただ、あまりに被害が小さく、また全土に広がっていることから、国を乱すだけという可能性は捨てきれなかったからな。だが、そういう血を利用できているのならば話は別だ。すぐに総ての氏族の調査だな」

「ああ。だが、それはまだ陛下に奏上しない方がいい」

「解ってるよ」

 そこまで馬鹿じゃないと奏刃は奏翼を睨む。

 このままでは本当に大乱を招きかねない。それを未然に防いでこそ、奏呪が存在する意味がある。

「まずはダニを捕まえる。それと同時に、全氏族の屋敷の調査だ」

 奏刃は行くぞと、すぐに行動を開始した。




 鈴華の行政改革は着実に進んでいた。まず手始めに設置した施薬院のおかげで、地域の人たちの健康状態が向上。それによって町は徐々に活気が戻ってきていた。

 さらにキョンシーもどきへの対処法を知っているのも大きかった。ダニの駆除という基本的な部分を知っているおかげで、復活できる人も増え、さらに二次被害を押えることも出来ていた。

「蒼礼と旅した甲斐があるってもんよね」

「左様でございますね」

 ふふんっと鼻高々の鈴華に、英明は本当にしっかり本質を知って行動していると褒める。だが

「まだ立て直しの第一歩ですよ」

 と、あまり調子に乗らないように諫めるのも忘れない。

「わ、解ってるわよ。下々の生活が正しくあるためには、上がしっかりしていなきゃ駄目だわ。施薬院だって今は無料だけど、それでは続かないもの」

「左様でございます」

 今は虎一族の私財を擲って元に戻しているような状態だ。だから、この状況が長く続けば、いずれ立ちゆかなくなる。

 そのためには行政として医療をきっちり確率しなければならない。

「それに、蒼礼が治癒出来ると知った時、みんな殺到していたものね。一般的な医療を当たり前のように受けられるようにしないと、ダニ問題が解決してもまた困りそう」

「ええ。疫病が流行った時に医者がいないというのは困りますね」

「で、そのための人材もいる」

「はい」

「はあ」

 短期的な成功は収めているが、これを長期に維持するとなると、途端に難しくなる。これが政治の面倒なところだ。

 だが、虎一族の支配地域で実行してみせ、全国的にその方法を採用して貰えるようにしないと、自分のやりたいことは成功しない。

「この国が二度と戦乱に巻き込まれないようにしなくちゃ。万能な呪術師は一人しかいないんだもの。他の方法を確立しなきゃ駄目だわ」

「はい」

 鈴華の決意に、英明はその意気ですと大きく頷くのだった。




「各氏族の血液ですか。すぐに手に入れましょう」

「頼む」

 奏呪が入る建物に戻った奏刃は、先ほどの奏翼の推論を検証すべく、奏金に血液の入手を命じた。と同時に双子の弟の奏銀に

「お前は手近な村に行ってダニを捕まえてきてくれ。呪術師ならばその気配を感知できる。百匹くらい見つけられるだろう」

 とダニの確保を命じた。

「すぐに」

 それに奏銀は嫌な顔をせず頷くと、すぐに部屋を出て行く。

「馬一族以外に呪いに反応している奴はいないのか?」

 その指示を横目で見ていた奏翼は、呪いから探った方が早くないかと訊ねる。しかし、奏刃は解っているだろと溜め息だ。

「馬一族の反乱疑いすら、こちらの感知が遅れたんだ。この十年で呪いは随分と緩んでいるんだよ」

「なるほど」

 呪術を完璧なまま永続させる方法はない。特に馬一族は北側の領土を持っていたが、それほど強い勢力ではなかった。虎優達に掛けられた呪いよりも弱かったのは仕方がない。

 つまり抜け穴はいくつかあるというわけだ。しかし、自分の所属する一族に掛けられた呪いは弱まっているかどうか、素人には解らないだろう。例外は奏翼が行ったと解っている一族か。彼らは未だに相当苦しめられているはずだ。

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