第32話 感傷
「姫様がなさりたいのは国を立て直すこと。そのためにはまず自分の場所から、ですか」
英明はなすべきことをメモしつつ、度でそのことを学んだのですねと褒める。
「まあね。本当は奏翼、いえ、蒼礼の力を借りて立て直したいんだけど、彼に任せているだけでは駄目だって理解したわ。それに、私自身に力が無ければ、その蒼礼を頼ることさえままならないことも」
鈴華は後宮で最後に顔を合せた時のことを思い出し、ぎゅっと拳を握り締める。
せっかく見つけた蒼礼を皇帝に掠め取られたことも悔しかったが、何より、彼が自分の気持ちより奏呪を優先したことが何より悔しかった。
「何が奏呪よ。見てなさい」
鈴華はだんっと足を鳴らしてしまう。その様子に、あのまま後宮に入ることにならなくて良かったと、英明は苦笑していた。
実は、鈴華が後宮に入るかもしれないという打診が、ちゃんと虎一族に通達されていたのだ。その時は優達の呪いを解くためには必要かもしれないと多くの者が思ったが、この勝ち気な性格を見ていると、入っても揉め事を起こすだけだったと、入内が決まらなかったことにほっとしてしまう。
「我々は優達様の呪いにばかり気を取られ、周囲を見ていなかったのですね」
そして、大きな行動をした鈴華の凄さを改めて感じてしまう。
「そうよね。特に男の人たちは、あの戦で奏呪に苦しめられているから、土地を渡されても行政には消極的なのよね。中央から派遣された人に丸投げしているっていうか」
これがダニを見逃す結果になったのだろうと、鈴華は歯ぎしりしてしまう。そして、問題があってももみ消したのだろうという蒼礼の指摘を思い出し、自分たちで何もしないからだわと思い知らされた。
「ははあ。奏翼、いえ、蒼礼殿は単に殺し屋というだけではありませんな」
鈴華がこれほどまでに視野を広げたのが蒼礼のおかげだと知ると、単に憎き相手というだけではなくなってしまう。英明はふむふむと頷いた。
「何かと消極的だけど、頭はいいわよ。たぶん、呪術が使えなかったら、優秀な官吏として活躍していたでしょうね」
世の中、何かとままならないものだと鈴華は溜め息を吐いた。自分が虎の姫でしかなかったように、蒼礼は呪術師であるしかなかったのだ。
「でも、変えてやるんだから。見てなさい、あのエロ髭親父! 女だからって舐めてたら痛い目を見るんだからね」
「え、エロ髭親父って、まさか皇帝……」
「ふん」
改革していくわよと、鈴華は鼻息荒く言うのだった。
鈴華が行政改革に燃えている頃、奏翼は奏刃とともに城壁の調査へと向っていた。
龍河国の首都はぐるりと二メートルほどの高さの壁に囲まれている。この壁に仕掛けを施していたとすれば、首都で呪術を纏ったダニが発見されていない理由になる。
しかし、この城壁もまた奏呪の管轄であることが懸念事項だ。
「やっぱり、奏呪以外の術の痕跡はなさそうだな」
奏翼は壁に両手を突き、そこから感じ取れる波動を探って、そう結論を付けた。どう頑張っても、誰かが何かを仕掛けたという痕跡を見つけられない。
「しかし、他にどうやって侵入させないようにするんだ。ダニに施せる術なんてたかが知れているだろう。首都に向うななんて命令が出来るとは思えないぞ」
奏刃はここじゃないとすればどこなんだよと、思わずイライラと訊ねてしまう。
「俺に言われてもな。取り敢えず、城門を見てみるか」
「ちっ」
最強と呼ばれる奏翼に頼ってしまっている自分に気づき、奏刃は思わず舌打ちしてしまう。だが、壁全体ではないとすれば、可能性が残されているのは四方にある門だけだ。
「この周辺はいつ見ても活気があるな」
そんな苛つく奏刃に肩を竦めつつ、奏翼は久々の龍央州の活気に驚いていた。
この十年間潜んでいた龍北州の、しかも竜頭地方は寂れた場所だった。それだけに、こんなにも町は騒がしいものなのかと驚かされてしまう。
「十年でようやく都市機能が整ったんだ。この活気だって、すぐに出来上がったわけじゃない」
奏刃はまだイライラしているせいで、ついそう詰ってしまう。
お前が雲隠れしていた間の苦労が解るか。そして今、お前に頼らなきゃいけない状況が解るか。そうはっきり言いたくなる。
「そうだな。大乱は総てを奪い、疲弊させた。呪術師すら例外ではなかった。だから、また元のような状態に戻ることは俺だって避けたい」
口には出さなくても表情から言いたいことを理解した奏翼は、溜め息を吐きつつ、全力を尽くすよと歩き出す。
「それは私もだ。でなければ、奏呪は本当に嫌われ損だよ」
二人は今、ただ文官服を着ているだけなので、それほど嫌悪の目で見られることなく町を歩くことが出来た。しかし、奏呪とバレた瞬間、畏怖と嫌悪の目を向けられることだろう。
この国一の功労者であるというのに、一番の嫌われ者だ。そこまでやって国がまた潰れましたなんて、奏刃だって容認できない。
奏呪になって十年と少し。二人揃って十五の時に奏呪を拝命して、そこからずっと殺しの呪術師として生きてきた。
「今年で二十七なんだよな」
「いきなりどうした?」
「いや、普通であれば、私には旦那がいて、お前にも嫁がいて子どももいるんだろうなって」
「ああ」
町を歩いていると、普通の生活を目にしてしまう。すると、自分たちの特殊さが余計に気になってしまうというわけだ。奏刃にしては珍しい感傷だ。
しかし、感傷に浸りたくなる理由も解る。
また戦が起こるかもしれないという緊張感。そして、そうなった場合にまた殺しに明け暮れる日々が来るだろうという予測。
それらが、こうして普通に生きている人々と自分たちの違いを鮮明にする。
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