第31話 困惑

「奏翼の様子はどうだ?」

「特に変わったところはありません」

 同じ頃、皇帝・龍統に呼ばれた奏刃は、奏翼の様子に関して報告していた。十年もの間雲隠れしていたのだ。反抗的な態度を見せるのではないかというのが大方の見方だったが、奏翼はそんな素振りもなく、素直に仕事をこなしている。

「それどころか、毎日私の張った結界の中にいますよ」

 術が怖いことを知っているとはいえ、恐ろしく慎重だと奏刃は思わず付け加えて報告してしまう。それに龍統はそうかと頷いた。

「奴が怯えているのは、生き残ったかもしれない月紫礼であろうか」

 そしてそう訊ねてしまう。

「どうでしょう。奴の呪力から考えて、月紫礼にも星砂明にも負けることはないでしょう。むしろ、疑心を抱かれることに恐れているのではないかと」

 しかし、奏刃は別の考えだった。

「疑心?」

「奴がこの国に蔓延する呪術を行ったという疑惑ですよ。実際、他の者を疑うより、奏翼を疑う方がすんなり納得出来ますからね」

 奏刃は馬鹿馬鹿しいことだがと嘆息する。

国全体に及ぶような呪術だ。最強の呪術師である奏翼を疑うのは尤もだと思う。しかし、奏呪の目から逃れたいと行動していたことを忘れている。

「奴が呪ったか。確かに、そう言われると納得しそうになるな」

 龍統は面白いと笑うが、奏刃は苦々しそうだ。

「そんな振る舞いをしてくれたならば、こちらは十年も逃げられることはありませんでしたよ」

「確かにな」

 奏翼の術の特性をよく知る奏刃だ。もしも奏翼が呪っていたのならば、すぐに気づいて対処を打つことが出来ただろう。しかし、奏翼ではないからこそ、ここまで被害が広がるまで気づかなかったのだ。

「奏翼もこの蔓延する術に関しては困惑しています。そもそも、虎の姫が来るまで、奏翼すらこの術の気配に気づくことはありませんでした」

「そのようだな。しかし、それは奏翼が北の端にいたからではないのか?」

「それはあるでしょう。同じく、奏呪の誰も気づけなかったのも、中央にいすぎたからです」

 なぜ今まで奏呪が術の広がりを察知出来なかったのか。それは龍央州のこの首都が置かれている龍華市にはダニが蔓延していなかったからだ。

 奏翼がキョンシーもどきからすぐにダニの気配を察知したように、奏刃たちもすぐ傍にいたら気づいたはずだ。しかし、この首都にはダニが一匹たりとも入り込んでいないのだ。

「それはそれで奇妙な話だな」

「いいえ。敵はどうやれば蔓延させることが出来るのか。それをよく理解しているということです。つまり、奏呪という組織の目を掻い潜るには、首都を後回しにすべきだと理解しているということです」

「なるほどな。しかし、そこまでダニを意のままに操れるのか?」

 確かにそうすることで奏呪に気づかれる心配はなくなるだろう。しかし、蔓延していくダニは、首都に入らないということが出来るのか。

「ええ。そこが難しいところです。ですので、明日、奏翼と首都の城壁を調べてこようと思います」

「ほう」

 首都の周囲は城壁に囲まれている。それを利用したのではないかと考えているのか。龍統は髭を撫でながら感心した。しかし、それを利用したのだとすれば、それこそ奏呪に感づかれるのではないか。

「そうなんです。考えれば考えるほど不可解なんですよ。しかし、他に手掛かりはございません」

 何者がこれを行っているのか解らないが、奏呪を上回る術を行っているのは間違いない。奏刃は思わず歯ぎしりをしてしまうほどだった。




「この状態が全土に広がっているのですか」

「そうよ。龍央州を除いで、だけど」

 鈴華は頷き、悲しげに周囲を見つめる。

 虎一族の棟梁の地位を得て、まずは虎一族の治める領土の立て直しを図った鈴華だが、日に日に悪化していく状況に胸が詰まる。

 蒼礼のおかげでキョンシーもどきに対しては対処出来るようになった。しかし、それでも追いつかないほど、色んなことが人々に遅い掛かっている。そして、それは人心をどんどん乱していく。

 町は活気がなくなり、病人は増え、そして、廃れていく。

「まずは施薬院を作って頂戴」

「了解しました」

 鈴華の指示に、立て直しを手伝うことになった漢英明かんえいめいは大きく頷いた。彼は優達に仕えていた人物で、今年五十五歳。その手腕は頼りになるものだ。

 自分たちの住む場所を改革するのにも、行政権と財政権が必要だ。そして、それを行使できるのが一族の棟梁である。だから、鈴華は戻ると同時に棟梁になると宣言したのだ。


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