第30話 えぐい

 そして、そう釘を刺すことを忘れない。

「もちろんです」

 鈴華としても、戦を繰り返すつもりはないので、大きく頷いた。しかし、秀達の目が緩むことはなかった。

「肝に銘じよ。棟梁が背負う因果は重いぞ」

 そしてさらに忠告を口にするのだった。




 奏翼が奏呪に戻ったことを、最も面白くないと思っているのは東宮の龍聡だ。せっかくこの機会に奏呪を手に入れ、さらに早めの譲位を迫ろうと思っていたというのに、その計画が早々に頓挫してしまった。

「面白くない」

「まあまあ。奏刃に刃向かえなくなった奏翼なんて、もう宜しいではありませんか」

 イライラと呟く龍聡に、東宮妃の蝶妃は葡萄酒を勧めながら宥める。

「奏刃に刃向かえない、か」

 中書省経由でその話は聞いているが、どうにも信憑性のない話に思えた。本当にそんなことが可能なのか。呪術に疎い者にはその真偽を知ることが出来ないのだから、当然だった。

「父に調べてもらいましたわ」

 納得していない龍聡に向け、すでに調べてあると蝶妃は垂れ掛かった。すると龍聡の目が鋭くなる。蝶妃の父は中書令の趙波山だ。王宮内のことは何でも調べる事が出来る。

「解ったのか」

「ええ。奏呪の一人、奏銀に近づいて確認したのです。なんでも奏刃が施した術は禁呪とされるものの一つで、相当な力が必要となるのだとか」

「ほう。今や奏呪の長官ならば、それくらい容易いだろう」

「いいえ。失敗すれば奏刃が死ぬほどのものだそうですわ。奏翼の力が強いからこそ、魂を縛るのは容易ではないそうです。ただ、奏翼は力を使い切って気絶していましたからね。ですから、奏刃の術が入り込むことが出来たのは、ある意味で幸運だったのですわ」

「ふうむ」

「それで術ですけれども、魂魄の一部を切り取るようなものだそうですわ。もしも奏翼が奏刃の意に反する行為を行うと、切り取られた魂魄の代わりに埋め込まれていた術が発動し、魂を丸ごと乗っ取ってしまうのだとか」

「えぐいな」

 詳しく聞くと、その術の恐ろしさは解った。身体を乗っ取ることが出来る術。つまり、精神を壊して身体だけ好き勝手にされてしまうというわけか。

「まるでキョンシーだな」

「ええ。奏呪いわく、キョンシーになるよりもきついものだとか」

「へえ」

 そうなると、奏刃を何とか手に入れる必要があるというわけか。龍聡はどう立ち回るかなと、蝶妃を抱き寄せながら思案していた。




 夜、奏刃によって結界が張られた部屋に戻った奏翼は、そのまますぐ寝台に横になっていた。

 今まで人と最低限しか接触しない生活を十年も続けていたものだから、多くの人を相手にする王宮の生活はまだまだ慣れずに疲れてしまう。

 ちなみに結界に関して、奏刃は必要ないという態度だった。しかし、奏翼は自分の身の安全のために結界を張らせた。

 まだどういう行動が奏刃の疑心を招くか解らない上に、奏翼を快く思わない連中も多い。結界の中にいるのが一番だった。

「この奇妙な呪術の謎を解くまでは、魂を奪われるわけにはいかないからな」

 奏翼は自分に言い聞かせるように呟く。

 別にこの国の行く末を憂うことはないが、自分が特殊な存在だからこそ、混乱している状態で誰かに利用されるわけにはいかないのだ。

 奏呪の中でもずば抜けた能力を持つ理由。それを、奏刃はまだ気づいていないのだろう。もしも気づいていたのならば、連れ戻した段階で面倒な呪術で縛ることなく、魂を滅していたはずだ。

 とはいえ、月紫礼が容疑者に入っているとなれば、いずれ気づくかもしれない。

「色々と面倒だな」

 大戦も面倒なものだった。奏呪になったことも。しかし、何よりも面倒なのはこの身だ。

 月家の者でありながら、陽家の唯一の生き残り。

 この因果のせいで、奏翼は成長するにつれてあり得ないほどの力を持つようになった。だが、それはいつかこの身を滅ぼす呪いでもあった。そして、乱れた場所でしか生きられない存在と化した。

 そんな秘密があっては、ともかく人の居ない場所に行くしかなかった。

 それなのに、あの真っ直ぐな姫君は自分の元を訪れ、必要だと言った。

「これも因果ゆえか」

 また国が乱れているから呼ばれた。そう考えるべきだろうか。そしてこの手でまた、多くの者を殺すのが運命なのか。

「どこまで呪われているんだ」

 奏翼はそっと呟くと、今度こそ眠りに落ちていた。



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