第27話 別れ

 ギラギラと敵意を向けてくる鈴華に、龍統は冗談だと先に引き下がった。からかい過ぎて、本当に刃向かって来られては元も子もない。

「そ、それで、そんな悪趣味なことを言うためだけに、わざわざこちらにいらっしゃったのですか?」

 鈴華はまだ警戒しながらも、一体何をしに来たのかと確認する。皇帝が後宮に来るにはまだ早い時間だ。たまたま通りかかったわけではあるまい。

「まさか。其方が会いたいと思っている相手がもうすぐ来るからな。立ち会うだけだ」

 龍統はちらっと後ろを見る。すると、誰かが入ってくるのが解った。

「そ、蒼礼」

 そこにいたのは、文官服に身を包んだ蒼礼だった。その姿に、鈴華は龍統が来た時以上にびっくりとしてしまう。

 てっきり牢にでも放り込まれているのだろうと思っていたのに、これはどういうことなのか。しかも着ているのが文官服。それが意味することを、鈴華は否定したくて仕方がなかった。

「奏翼よ、もう体調に問題はないか」

 そんな蒼礼に向って、龍統は当たり前のように奏翼と呼びかける。それはつまり、奏呪として戻ると決めたということだ。鈴華はやはりと、胸に当てていた手を握り締めてしまう。

「陛下、問題ございません」

 一方、蒼礼は鈴華の非難するような視線を鬱陶しく思いながらも、袖に手を入れて拱手すると膝を折る。臣下としての礼を取った。

「それはよかった。して、今後のことについて、姫に報告があるのだったな」

 姫へのと言いつつ、それは龍統に対して報告し、その通りに動くという誓約に他ならない。

「はい。全国的に広がるダニですが、奏呪が責任を持って掃討することとなりました。また、その責任者は、奏呪の副官として復帰しました私、奏翼となりました」

 だから、蒼礼は丁寧に、曖昧さを廃してそう報告した。それに鈴華が大きく目を見開くが、蒼礼は鈴華を見ることはない。

「そうか。奏呪に戻るか。しかも副官とは、頼もしいな」

「有り難き幸せ。長官の奏刃殿が、十年もの間の暇を差し引いても副官に相応しいと、そう申しておりました」

 淡々と口を動かす蒼礼は、わざとらしいことこの上ないなと思いつつも、従順に用意された言葉を返すだけだ。鈴華の説得に皇帝が同席すると聞いた時はどうなるかと思ったが、意外とこの茶番も楽でいいかもしれない。

「姫は確か、ダニによって起こることに胸を痛めていたのであったな。これで不安は取り除けたであろうか」

 しかも、皇帝からそう問い掛けることの重さは、蒼礼が言って説得するよりも重い。これからは国が責任を持って当たる。荒廃させることはない。そう明確に約束することになる。

「は、はい」

 そして、それが解らないほど馬鹿ではない鈴華だ。自分が動けたのはこの国を、このまま戦乱に戻してはならないと思ったからだ。その不安が取り除かれた今、自分に出来る事はなにもない。そう言われたのだと理解している。

 でも、やりたかったことは、隠れていた奏翼を見つけ出し、彼を奏呪に戻し、不安要素となっているキョンシーやその他を祓って欲しかったからだろうか。

 いや、もっと違うことだったはずだ。奏翼ではない、蒼礼が、呪術師がこの国を正しく戻してくれることではなかったか。

 大戦を無理やり終わらせた歪みを取り除くには、蒼礼が奏呪にいては駄目だと、そう思ったからではなかったか。呪のない世界を欲したからではなかったか。

 しかし、ここまで用意周到に外堀を埋められては、鈴華に出来ることは何もなかった。

 今や力を持たない一族の姫でしかないから。

「西へお送りしよう。奏翼、手配を頼むぞ」

 そして今、傍にいることさえ叶わなくなろうとしている。鈴華は嫌だと蒼礼に手を伸そうとしたが

「姫様、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。後はお任せください」

 臣下の礼を取ったままの蒼礼の言葉で、触れることさえ出来なかった。




 西へ戻るために用意されたのは仰々しい馬車だった。周囲はしっかり武官に固められ、途中で逃げられないようになっている。

「それでは姫。後宮に入りたくなったらいつでも言ってくれ」

 龍統にそう言われて見送られる鈴華は、ぶっ飛ばしたい気持ちと、もしも後宮に入れば蒼礼に会うことが出来るだろうかという、二つの感情がない交ぜになっていた。

 でも、後宮に入ってしまえば出来ることは限られる。鈴華は悲しい気持ちを押し隠すと

「さようなら」

 龍統に向けてきっぱりと言っていた。そしてすぐに用意された馬車に乗り込む。

 そうだ。もしも蒼礼ともう一度会いたいのならば、後宮に入るなんて安易な方法に縋ってはならない。自分で出来ることを探さなければ。

 見送りにすらやって来なかった蒼礼。そんな彼を奏呪の呪縛から解き放つには、もっと自分がしっかりしなければならない。

「見てなさいよ」

 西へと戻る馬車の中、鈴華は強くならなければと、そう決意を固めていた。

 虎の姫というだけでは駄目だ。

 守られているようでは駄目だ。

 蒼礼の力に頼り切りでは駄目だ。

 この状況を利用して、自分が皇帝の位置を狙うくらいの意気込みがなければ。

「蒼礼。私は絶対に諦めないんだから」

 脳裏には、一度もこちらを見なかった蒼礼の姿が浮かんでいた。

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