第28話 捜査開始

 その蒼礼は、城壁にある見張り台から鈴華の馬車を見送っていた。

 姿を見せると、鈴華が駄々をこねるかもしれない。そう思って、ここから見送ることにしたのだ。

「ようやく解放されたな」

 そんな蒼礼に、長い髪を掻き上げながら奏刃がわざとらしくそう言ってくれる。

 確かに鈴華の鬱陶しさからは解放された。治癒してくれ、国を救ってくれなんていう無責任な期待からは解放された。

 でも、代わりにまた、いつでも人を殺す場所へ捕らえられた。

「そうだな」

 蒼礼は何とかそう返すと奏刃を見る。奏刃はこの十年のことで何か言いたいだろうに、特にそれについて触れることはなかった。逃げられないという枷さえ嵌められれば満足しているらしい。

「奏翼。今回のダニの件だが、誰がやったと思う?」

 それどころか、すぐに仕事の話をしてきた。

「奏呪として、その点はすでに調べたのだろう」

 だから、蒼礼も気負うことなくそう問い返す。

「ああ。考えられるのは月紫礼、星砂明の二名だが、他の可能性もある。だが、最も問題なのは、そいつらを使って謀反を起こしている氏族が誰か、ということだ」

 また大戦の時のようなややこしい状況になっているぞと、奏刃は蒼礼を睨む。それに、蒼礼は大きく頷いた。

「総ての氏族に掛けられた呪を辿ろう」

「頼んだ」

 奏刃はぽんっと蒼礼の肩を叩くと、そのまま見張り台を去って行った。

 あまりに無防備な信頼だなと思うも、裏切れないのだから当然かと思い直す。

「大戦でなければ活躍のない俺だ。やれるだけのことをやろう」

 蒼礼は溜め息を吐くと、ひょっとしてこの大規模な呪術は、雲隠れしていた自分を探し出すためだったのだろうかと、ふとそんな嫌なことを考えてしまった。

「その場合、奏刃が考えるとおり、月紫礼か星砂明かのどちらかになるが」

 一体、何が起きようとしているのだろう。

 大きな陰謀が渦巻くことは解るものの、まだその輪郭さえ捉えることが出来ない。

「また、乱れるのか」

 この地は、龍河国は、安定することがないのだろうか。

 蒼礼はいつになく多くの不安に襲われつつも

「俺が死んで何事もなく眠るためにも、龍河国は守り抜いてみせる」

 そう決意を新たにしていた。




 翌日。奏呪に正式に戻った蒼礼は、奏翼として現状確認の会議に参加していた。

「キョンシーもどきになる理由は、呪術が施されたダニだった。これは間違いない。そしてダニの寄生が完全ではない場合、ダニを殺せば人間は正気に戻る。これだけでも高等な術だ」

 奏翼の指摘に、そのとおりと奏刃は頷く。高等な術が使えるのは、今や奏呪しかいないだろう。しかし、奏呪ではない誰かが成し遂げ、そして国全体に広げるなんて芸当をやってのけた。

「ダニという小さいものであること、さらに龍河国全体に広がっているということがあって、我々の感知を掻い潜れたのだと思う。知らない間に蔓延したことで、そういう気配があるのが当たり前になっていたのだろう」

 奏刃は盲点を突かれたと唇を噛む。しかし、そのおかげで十年もの間、雲隠れしていた奏翼を連れ戻すことが出来たのだから、ただ憎々しいだけではない。これがより複雑な気分にしてくれる。

「一体どこのどいつがこんなことを」

 考えれば考えるほど訳の解らなくなる事態だ。

 村を滅ぼすほどに蔓延しているというのに、今まで何一つ気づかなかったなんて。

「お前らが疑ったのは二人だったよな」

 奏翼は調べ始めていたんだろと確認する。

「ああ。お前の養父の月紫礼、そして私の兄の星砂明、この二名ならばこれだけの事が可能だろうとは思った。が、こんな、回りくどく、そして大変な呪術をやるだろうか。そしてやるならば個人の意思なのか、他の誰かの依頼なのか。これも考えれば考えるほどよく解らなくなる」

 疑ってみたものの、どこにいるのかも解らないしと奏刃は肩を竦めた。

 正直、何も解らないに等しい。

 そんな中で奏翼が倒れた気配を察知して連れ戻したのだ。こちらが情報提供をしてもらいたい。しかも、馬一族の反乱まであったのだ。ダニの捜査ばかりをしていたわけではない。

「それもそうか。とはいえ、俺も解らない事ばかりだ。俺はあの姫君に連れ回されていただけだぞ」

 奏翼はこっちだって情報を持っているわけではないと、頬杖を突いて溜め息を吐き出す。

 虎一族の姫君、虎鈴華に目を付けられたせいで、こうして奏呪に強制的に戻ることになったのだ。ある意味で被害者であり、この件に積極的に関わっていたわけではない。

「あの娘はお前に治癒能力があると知って、探し出したんだったよな」

 奏刃はその辺りも詳しく聞きたいと確認する。

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