第26話 後悔

「従順にしている限りは特に何もしないさ。ただし、勝手に宮廷から出ることは許さない。勝手に死ぬことも同様だ。奏呪として活動する場合も、私と必ず組んでもらう」

 しかし、そう簡単に奏刃が死なせてくれるはずがなかった。奏刃は明確に罰しない方が蒼礼を苦しめることを理解している。

「もし、そのいずれかに反すれば」

 だから、蒼礼はあえて訊ねる。それに奏刃はそう来るだろうなと笑うと

「その魂を貰う。お前は生ける屍として、生涯、私の使役下に入ることになる」

 じっと見据えて言った。

 それがどれほど残酷なことか、同じ呪術師ならば嫌というほど解っていることだ。各氏族に行った呪よりも悲惨な末路である。だから、蒼礼が俯き、もう逃げ道はないと悟るのも早かった。そして、その布石が終わっていることも理解していた。

 気を失っている蒼礼に、治療と同時に呪いを行うなんて造作もないことだ。身体のどこかに、すでに奏刃の所有の印が刻まれていることだろう。後は蒼礼が少しでも怪しい態度を見せれば発動するだけでいい。

「すでにこの身はお前のものってことか」

「ああ。本当に、ここまですんなり済むとは、虎の姫君には感謝しかないよ。あの奏翼を手に入れることが出来るなんてな。だが、これ以上何かさせるつもりはない。お前の地位は私のすぐ下だ。副官として、ちゃんとあの姫君を説得しろよ」

 奏刃は言うことは終わったと、そのまま医務室を出て行った。ばたんと閉まった扉には、また結界が張られていることだろう。

「逃げたから、だよな」

 でも、どうして逃げたのか、奏刃は気づいていないだろう。自分の危うさは自分が一番理解している。この身には、国を滅ぼすための呪いが施されているのだ。

「なんで、この十年の間に死ななかった?」

 唯一陽家の血を引き、月家の当主となった自分。

 それがただの化け物であることを、蒼礼は知っているのに。そしてそれがいつか、傍にいる誰かを傷つけるために向くかもしれないのに。

 逃げるだけでは駄目だったのに。この世から消し去る必要があったのに。

 それなのに、死ぬことを避けてしまった自分が忌々しい。まだ自分に価値があるとしがみついたことが情けなくなる。

 本当に自ら死ねなくなって、これほど後悔することになるとは。

「この身は、本当に呪われている」

 蒼礼は苦々しく呟くと、布団をすっぽりと被っていた。




「一体どうなってるの、もう」

 その頃。鈴華はというと、後宮の一室で用意された衣服を纏ってのんびりとしていた。

 気を失って、次に気づいたらここだった。そして、侍女たちがやって来て身を綺麗にされ、高そうな衣装も用意された。

「ゆっくりなさってください。鈴華様」

 そう言って傅かれるのはいいが、居心地は悪かった。一体、蒼礼はどうなったのだろう。どうして自分は後宮にいて、こんなに丁重にもてなされているのだろう。予想と違いすぎて困惑してしまう。

「もう、牢にでも放り込んでくれれば、こんなに気を揉むことはないのに」

 鈴華は思わずそう呟いてしまう。ここにいたら蒼礼がどうなったかを知る手段がないじゃない、と不満を零していたが

「聞きしに勝るじゃじゃ馬のようだな」

 くつくつと笑いながらそう言う声がして、びくっとしてしまう。ひょっとして奏刃かと思ったが、部屋に入ってきたのは髭を蓄えた美丈夫だった。衣装は豪華なもので、それだけで身分の高い人だと解る。

「だ、誰?」

「初めまして、虎の姫よ。余は龍統だ」

「りゅ」

 しかし、予想していなかった名前に鈴華は口が開いたまま塞がらなかった。まさか皇帝自身が来るなんて、ここが後宮であろうと予想できるはずがない。

 鈴華は反逆者、それも最も龍家と対立した一族の姫だ。罪人として扱っている時ならばいざ知らず、こうやって対面したい相手ではないはずだ。そう思っていた。

「そんなに驚かなくても良かろう。ここの生活はどうだ? 不満がないのなら、このまま住んで貰っても構わないぞ」

 そんな鈴華の反応を楽しみつつ、龍統は後宮に入るかと試しに訊ねる。

「閨で首を掻かれても宜しいのですか」

 それに対し、何を考えてるんだと、身の毛のよだつ鈴華だ。囚われの身であり、後宮にいるという状況から、龍統がそういう行為を望める状況にあるのは解る。しかし、父の敵と寝るなんてごめんだった。刺し違えてでも殺してやる。

「ふふっ、勇ましいことだな。まあ、こちらも無理にとは言わぬ。閨で殺されたとあっては末代までの恥だ」

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