第25話 要求

 身を起こして見ると、清潔な部屋の中だった。少なくとも、あの滅びた村ではないことは確かだ。調度も、北と東の境にある農村にはあるはずがない、高価なものばかりだった。

「一体」

 蒼礼はどこか把握しようと、寝台の横にあった窓へと手を伸した。しかし、窓に触れると同時に、バチンと大きな音がして弾かれてしまう。

「結界」

 それが意味することはすぐに解った。ということは、ここは奏呪の息が掛かる場所ということになる。

「ようやく目覚めたか、奏翼」

 結界が発動したことで起きたことに気づいた奏刃が、すぐに扉を開けて中に入ってきた。その姿に、蒼礼が絶望に似た気分を味わったのは言うまでもない。

「奏刃」

「覚えていてくれて良かったよ。仲間の顔も判別できないほどに呆けているわけではないようだな」

 奏刃は皮肉を口に乗せて笑う。

「こ、ここは?」

 蒼礼は捕まったことは理解したものの、一体何がどうなってこうなったのかと困惑してしまう。

「お前は限界まで能力を使い、気絶したんだよ。すぐに私が保護しなければ死んでいたぞ」

「なっ」

「嘘だと思うか。もしそんな状態でないのならば、医務室に寝かしていないさ」

 くくっと笑う奏刃に、ここは宮廷の医務室なのかと蒼礼は驚いたまま何も言えなくなる。つまり今、蒼礼は完全に囚われてしまった状態なのだ。それはここが牢でなくても同じだ。

「村の浄化なんてもの、奏呪時代にもやったことがないだろ。治癒だってそうだ。殺しと違い、そういう正の気を消費することに慣れていない状態で、長時間術を行使し続ければ、倒れて当然だな。しかも十年もの間、まともに術を使っていなかった。そこに早朝から殺しの呪術まで使っていれば、倒れないほうがおかしい」

 奏刃は何を呆けているんだと、寝台の横まで近づいて蒼礼を見下ろす。

「そう、か」

 それに対し、蒼礼が言えるのはこれだけだった。

 呪術の使いすぎで倒れていたというのならば、奏刃の気によって助かったということだろう。そして、見殺しにしなかったということは、やはり捕まえてちゃんと処罰を決めるつもりなのだろうと理解出来ている。

「俺を、どうするつもりだ?」

 訊けるのはこれだけだと、蒼礼は奏刃を見る。それに奏刃は肩を竦めると

「もちろん、奏呪に戻って貰う。それと、虎の姫君の説得を頼む」

 刃向かってこないのかと、淡々と要求を述べた。

「虎の姫君。鈴華もここにいるのか」

 蒼礼は鈴華まで捕まえたのかと、奏刃を睨み付けた。しかし、それにようやく本調子になってきたなと奏刃は笑うだけだ。

「もちろんだ。野放しにしておくのはあまりに危険だからな。大人しく虎一族のいる西に戻るか、このまま後宮に入内するか決めて貰いたい」

「入内だと」

「別に不思議ではあるまい。今は大戦中ではない。しかも虎一族とは最も因縁があるが、そこの末の姫君が皇帝の元に入ったとなれば、和解したと内外の印象はいいからな。双方にとって利のある話だ」

 奏刃はそれだけの利用価値はあるだろうと蒼礼を見る。

「帰すという選択肢もあるんだな」

 しかし、蒼礼はそう簡単な話ではないだろうと、こちらを確認せずにはいられない。それに奏刃はもちろんと頷いた。

「随分とじゃじゃ馬のようだから、皇帝を暗殺しようと企むやもしれん。入内ほど利益はないが、帰っても問題はない。お前を見つけたという功績に免じてな」

「っつ」

 つまり蒼礼の態度次第だと言いたいわけだ。大人しく奏呪に戻ると言えば、入内の話は白紙になる。しかし、少しでも反抗的な態度を取れば、無理にでも入内の話を進めるはずだ。人質として使うつもりだろう。

 そして、蒼礼が鈴華を納得させることもまた、重要な要素となる。鈴華が再び呪術師を頼るような不安を残してはならないのだ。不安が残れば、入内話は白紙に出来ない。そういう意味合いを含んでの条件だ。

「奏呪として、あのダニ退治をすればいい、ということだな」

「物分かりが良くて助かるよ。あのダニは明らかに皇帝への反逆だ。早急に犯人を特定し、討伐する必要がある。奏呪が動くのが一番だよ」

 奏刃の言葉に、蒼礼は頷くしかなかった。それに国中に蔓延しているダニを、蒼礼個人でどうにか出来るはずがない。

「俺に対する処罰は」

 こちらが怖いなと思いつつも、蒼礼は訊ねないわけにはいかなかった。奏呪を勝手に抜けた罪は死に値するものだ。怖じ気づいて逃げたとなれば尚更だろう。ようやくこの無意味な生が終わるのかと、頭の片隅で考える。

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