第24話 浄化

 それを確認すると、蒼礼は懐から札の束を取り出す。こういうこともあるだろうと、昨夜のうちに作っておいたものだ。ここで全部を消費することになるとは思っていなかったが、札はまた作ればいい。

 問題は気力がどこまで持つか、だが、今は先を考えている場合ではないか。

 蒼礼は旅が始まってからずっと術を行使し続け、さらに札を作り続けている状況に不安を覚えていた。だが、今は目の前のことをやらなければ休むことも出来ない。

呪禁封禍じゅごんほうか

 蒼礼は札の束を火にくべながら、呪言を続ける。

 それはまるで音楽のように、節を付けた言葉だ。鈴華はそれが意味することを聞き取れないながらも、心地よいなと思って蒼礼を見つめていた。

 しばらくそれが呪言が続くと、ぼわっといきなり火が強まった。蒼礼はそれに合わせて足を踏み鳴らす。反閇へんばいだ。そうやって四半刻ほど儀式が続いた。

「総てよ鎮まり、清らかに戻れ!」

 最後に蒼礼がそう叫んで手を打ち鳴らすと、篝火は天を衝くほどに燃え上がった。そして村がかっと光る。それは一瞬だったが強烈な光りだった。

「み、見えない」

 しばらく目がチカチカする。鈴華は首を振って視界を戻した。すると、蒼礼が膝から頽れるのが見える。

「そ、蒼礼?」

 鈴華は慌ててその身体を抱き留めた。蒼礼は完全に気を失っている。

「ど、どういうこと」

「十年振りに術を使ったくせに、無茶をする」

 戸惑う鈴華の耳に、凛とした女の声が聞こえた。

「っつ」

 驚いて振り向くと、そこには大戦の時と同じ道士服、たわわな胸の上に奏呪の証である龍家の紋が見える服を着た女がいた。

「そ、奏呪」

 鈴華は知らないが、それは奏刃だった。道士服だったのは馬一族の掃討に出ていたためである。その途中、あまりに大きな波動を感じ、慌ててその気配を追い掛けてきた結果、蒼礼が浄化の呪術をしているところに鉢合わせることになったのだ。

「虎の姫君。奏翼を渡して貰おうか」

 奏刃は随分と早く取り戻せることになったものだと、知らず笑ってしまう。もう少し時間が掛かるかと思ったが、ダニの蔓延が早かったせいで、蒼礼が先に倒れることになった。

「い、嫌よ」

 鈴華はぴくりとも動かない蒼礼をぎゅっと抱き締め、奏刃から距離を取る。しかし、動かない蒼礼は重く、それほど移動は出来なかった。

「気を失った奏翼を抱えて何が出来る。言っておくが、奏翼はしばらく目を覚まさないぞ。呪術とは己の生命力の酷使だ。修行し、絶えず呪術を使っていたならばさほど消費しないが、奏翼は十年もの間遠ざかっていた。術は完璧でも身体がついてきていないんだ。奏翼自身もこれほど早く枯渇するとは思っていなかったのだろうな。そんな中で気を失うほど術を使ったとなれば、下手すれば死ぬぞ」

 奏刃はすっと目を細めて、脅しではないからなと付け加える。こうして自分の能力の限界まで力を使ってしまった場合、他の術者から力を分けてもらうのが一番安全な回復法だ。

「だ、駄目」

 そう脅されても、ここで奏呪に渡してしまったら、二度と蒼礼に会えない。それは考えるまでもないことなので、鈴華は拒否する。

「まあ、そう言うだろうことは解っていたがな」

 奏刃はやはり面倒だと鈴華を見下ろす。が、所詮は一般人だ。やり方はいくらでもある。

「ここで言い合ってても無駄だからな」

 奏刃は言いながら懐に手を入れた。それに、鈴華は札を取り出すつもりだと気づくも、何も出来ない。

 自分は呪術師ではない。だから、ほんの小さな可能性、奏翼が自分に味方してくれるかもしれないという可能性に賭けたほどだ。

「蒼礼」

 名前を呼ぶも、蒼礼は目を覚まさない。奏刃はそれを忌々しそうに見つめたまま、札を取り出した。

「ふん。貴様ともども、都まで来て貰おう」

「えっ」

 鈴華が覚えていたのはそこまでだった。札が自分の真上にやって来たのが見えたのと同時に、眠るように気を失っていた。




「ん?」

 眩しさを感じて、蒼礼は目を覚ました。ひょっとして浄化の儀式を行ったまま寝てしまったのか。蒼礼は身体を捩って起きようとする。

「あれ」

 しかし、自分が寝ているのが寝台の上だと気づき、村にいるのではないと気づいた。鈴華がいくら男勝りとはいえ、寝台のある家を見つけてそこまで運び、さらに寝かせるなんて大仕事が出来るはずがない。

「ここは」

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