第23話 壊滅した村

 蒼礼は何を今更と呆れてしまう。大戦が終わったのが呪術師の投入のおかげとなれば、その呪術師たちにそれなりの監視があるのは然るべきだろう。

「そうか。そうだよね」

 蒼礼は許されて奏呪を離れているわけではない。勝手に逃げ出した立場なのだ。それは知っていたが、あの恐れられた奏翼もまた自由なんてないという事実は、鈴華にとって重たいものだった。

「お前がそんな顔をするな」

 情けなくなって唇を噛んでいると、蒼礼は呆れたように言ってくれる。

 こいつはいつもそうだ。鈴華を適当にあしらおうとした時も、自分の命なんてどうでもいいという態度だった。

「蒼礼は、ムカつかないの?」

 でも、怒っても困らせるだけだと解っているから、何とか鈴華はそう訊ねていた。しかし、蒼礼は今更だなと肩を竦めるだけだ。

「朝見たことを忘れたのか。俺は何も考えずに人を殺してしまう、ただの危険人物だぞ」

「そんなことないでしょ。もし本当に危険人物だったら、問答無用で私を殺しているはずだもん」

「……」

 それを言われると困ると、蒼礼は顔を顰めた。冷静な時に無駄な殺しをしないくらいの理性はある。が、無駄な議論をしていては日が暮れてしまう。安全な寝床も探さなければならないし、この村の浄化もしなければならない。

「口を動かさずに手を動かしてくれ。一先ず篝火が必要だ。村を浄化しないことには、この辺りで野宿するのもままならない」

 蒼礼はそう言って札の用意を始めた。鈴華はまだ言いたいことがあったが、浄化を急がなければならないのも事実だった。夏も近いとあって日は長いが、夕方から夕暮れまではすぐだ。

「薪はどうするの?」

 しかし、ダニの位置が解らない鈴華は、どうやって薪を用意すればいいのかと困ってしまう。山に入っても大丈夫なのだろうか。それとも安全だった街道を少し戻って薪を探すべきか。

「適当に家を壊して使おう」

 それに蒼礼は考えていると、村の中でも一番手前にあった家を指差した。農村とあって家は粗末なものだ。蒼礼の小屋よりはマシだが、大きなものではない。

「了解」

 鈴華は頷き、蒼礼の邪魔にならない位置まで下がる。

 蒼礼は札を撒きながら、慎重に歩を進めた。口の中で呪言を繰り返しながら、ダニとダニが発する呪の気を消していく。しかし、この方法で祓える範囲には限りがある。それにすぐに他からダニが来て汚染されることだろう。

「鈴華、すぐにそこの家で使えそうなものを出すぞ」

「解った」

 取り敢えず村に入っても大丈夫であることを確認し、蒼礼は目星を付けた家に向った。鈴華もすぐに追い掛ける。

 蒼礼は度々札を放って浄化していく。その間に鈴華は家の中に置かれていた薪を発見して回収する。しかし、それだけでは篝火としては心許ないので、入り口の戸を持ち出した。

「これくらいで大丈夫?」

「ああ」

 そこで一度安全な場所まで引き返した。やはり村の中はダニが蔓延している。長くいると、どこから飛んでくるか解らない。

「でも、こっちまでは来ないのね」

 少し村から離れて街道まで戻ると安全っておかしくないと、鈴華は薪を組む蒼礼に訊ねる。

「おそらくダニの行動範囲がそれほど広くないんだろう。人間に付くことで遠くまで行くことが出来るが、ダニ単体では近くを跳ねている程度なんだろうよ。だから、村の中ではあちこちから出てくるが、こっちまではなかなか来ないんだ」

 蒼礼はだからと言って安全ではないからな、と注意する。小さな歩みでも、いつかこっちまで出てくる可能性がある。

「なるほどね。じゃあ、安全なうちに全部を浄化できれば、この村を通過しても問題なくなるんだ」

「そういうことだ」

 蒼礼は護摩壇のように組んだ薪を指差すと

「ここから火を熾しておいてくれ。俺は結界を張りに行ってくる。術を行使する範囲を決めないといけないからな」

「わ、解った」

「これを持っていろ。ダニ十匹くらいは撥ね除けてくれる」

 蒼礼は大きめの札を一枚、鈴華に渡した。蒼礼が作った札をまじまじと見るのは初めてで、奇妙な模様が描いてあるようにしか見えないなと思う。

「意味は呪術師しか知らないからな。それに、流派によっても異なる」

「へえ」

「じゃあ、頼んだぞ」

「了解」

 鈴華はしっかりと札を懐に仕舞い、持っていた火打ち石で火を付ける。そこから薪と一緒に拝借してきた竹筒で息を送る。しばらくしていると火が安定して燃え始めた。鈴華は戸を壊して作った端材を火の中にくべながら、大きく燃え上がるのを待つ。

「良さそうだな」

「は、早いわね」

 ぐるっと村を回ってきたのではないのか。それほど時間が掛からずに戻って来た蒼礼に、鈴華はびっくりしてしまう。

「奏呪は神出鬼没で有名だろ」

「そ、そうだけど。そういう移動方法があるわけ」

「まあな。体力を使うからあまり使わないが、今は時間が惜しい」

「ああ」

 いつの間にか、空は赤色から紫色へと変化し始めていた。真っ暗になるのはもう時間の問題だ。

「浄化してしまえば村の家を使う事も出来る。始めるぞ」

「わ、解った。私は何をしていればいいの」

「黙っていろ」

「りょ、了解」

 鈴華は他に言い方があるでしょうと思ったが、今は一刻を争う。すぐに護摩壇から離れると、見守る姿勢になった。

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