第21話 焦燥
調査を続けていた奏刃は、ピリッと鋭く走った気にはっと空を仰いでいた。今のは明らかに、奏翼が呪殺を行った気だ。
「奏刃様」
横にいた奏銀も気づいたようで、顔が険しい。
「どうやら、殺さないというわけじゃないみたいだな」
奏刃は面白くなったと、くくっと喉を震わせて笑ってしまう。てっきり殺しが嫌になって奏呪を抜けたのかと思っていたのに、躊躇いなく呪殺することもあるようだ。
しかし、これはさらに問題を複雑にした。呪殺の能力を自ら封じず、いつでも使えるということは、謀反を起こせるということだ。
「悠長なことは言っていられなくなったな。早めに奏翼を捕獲する必要がある」
「はい」
奏銀も異論はないと頷く。
「さて、それと同時に誰がダニの使い手なのか、早く突き止めなければならない」
奏刃はそう言って、朽ち果てている生家を見つめる。月家もそうだったが、どちらもあの大戦以来、家に戻った者はいないことを示していた。手掛かりをここから求めるのは難しいらしい。
「奏刃様」
と、再び奏銀に呼ばれる。見るとひらりと舞う紙で作られた鳥がいた。奏呪の誰かが式神を飛ばしてきたのだ。
「奏刃様、先ほどの奏翼の気ですが」
式神がまずそう言う。声からして、都のことを任せてきた奏銀の双子の兄の奏金だ。
「それは気づいている。一体誰を殺した?」
「馬一族の者で間違いないと思います。馬一族は呪われていた当主を殺し、好き勝手に動き始めております」
「ほう」
面倒なことは続くものだ。奏刃の顔が険しくなる。
「すぐに都にお戻りを。陛下から馬一族掃討のご命令が出ると思います」
「解った」
キョンシーもどきを作り出すダニだけでなく、馬一族の反乱。本当にもう一度大戦を起こすつもりなのか。奏刃は思わず舌打ちをしていた。
しばらく無言で歩いていた蒼礼と鈴華だが
「あの人たちは、我慢できなくなったのね」
ぽつりとそう呟いていた。
同じく呪われた当主を抱える一族だ。思うことは色々とある。父の虎優達ほど酷いものではないだろうが、相当苦しめられているはずだ。そんな当主にとどめを刺し、こんな生活を強いた奏呪や皇帝に一矢報いる。そう考える者が出てきてもおかしくないのだ。
「そうだろうな。十年というのは、色んな物事が変わる節目なのかもしれない」
それに対し、蒼礼が言えるのはこれだけだ。自らの判断で呪いを解こうとは思わないし、解いたところでより一層苦しむだろうことが解っている。
しかも自分は奏呪だ。皇帝の決定を覆す事は出来ない。所詮は皇帝が命ずるままに呪術を使う、ただの物だ。
またしばらく気まずい雰囲気が流れてしまう。しかし、鈴華がすぐに別のことを口にした。
「さっきのキョンシー、集団でいたわよね。ってことは、かなりダニが広がっているってことかしら」
「そうだな」
そちらの方が蒼礼も気掛かりだった。一気に三十ものキョンシーもどきが出来たということは、それ以上の数のダニがこの近くにいるということになる。今のところ察知出来ないが、どこかで大量発生しているのは間違いなかった。
「気をつけないといけないわね」
「ああ。虫除けの薬でもあるといいかもな」
「探してみる?」
「いや、森の中はダニがいるかもしれない。下手に街道から外れない方がいい」
「そうか」
敵が小さくて見えにくいというのは、かなり厄介だった。唯一の救いは、ダニに呪の気配があるので、蒼礼には察知が可能だということだろう。
「一体、何が起こっているんだ」
鈴華の頼みを聞いたのは、このまま押し問答をしていても仕方がないからだったが、事態は予想以上に面倒なものになっている。
まさかまた大戦が起こるのか。
蒼礼もまた同じ懸念を持たずにはいられないのだった。
龍統は久しぶりに息子と向き合っていた。東宮の地位に就けてからというもの、こうやって話し合う機会はめっきり減っていた。
「どう思う?」
しかし、交す内容は近況ではなく、この国の状況だ。龍聡はもちろん気づいていますと頷くと
「反乱の気配があるということでしょう。早急に奏呪の強化を行うべきと思います」
いきなり核心に踏み込んだ。それに龍統は満足そうに笑う。わざわざ中書令を介してきたのだ。それが目的だということは会談の前に把握している。
「やはりお前も気になるのは奏翼か」
「当然です。あの男を十年も野放しにするなど、失礼ながら正気の沙汰とは思えません」
龍聡はきっぱりと言い切る。
確かに秘密を多く知り、どんな呪術師をも上回る力を持っているのだ。野放しにするなど、火事を放置するに等しい。
「あの男には後ろ盾がない。放置しておいても何も出来ないことは解っていた」
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