第20話 願い

 逃げたのは、この身体に大きな呪いが施されているからだ。

 それも自分では解決できず、死ぬ覚悟がなかったせいだ。

 自分勝手で、どうしようもない。奏呪に殺されることさえ是と出来なかった。

 あれだけ人を殺しておいて自分は殺せないのだから、甘ったれでもある。

 そんな自分が、嫌で嫌で仕方がない。

 奏呪としての証を消すことが出来ないように、自分が奏翼であることを否定出来ない。


 それなのに、何をやっているのだろう。


「あなたは蒼礼でしょ。奏呪でもなく奏翼でもなく蒼礼だと言ったのはあなたよ。そしてその名前を使うからには、治癒をすると決めたのもあなただわ」

 俯く蒼礼に、鈴華は切々とそう言ってくる。しかし、それだって詭弁だ。ただ、虎の姫から奏翼と呼ばれたくなかっただけだ。

「そしてあなたは、嫌な顔を一つせずに、さっきの宿場町の人たちを治癒したのよ。ねえ、お願いだから、この場合は仕方なかったと言い訳して」

 それでも諦めずに鈴華は訴えてくる。蒼礼は言い訳して何になると睨んでいた。しかし、予想外に鈴華の横に李期と李徳が立っていた。

「あんたが俺たちを助けてくれたのは紛れもない事実だよ」

 李期が、青い顔をしている蒼礼に向けて、きっぱりと告げた。それに、蒼礼は違うんだと首を振る。

「なあ、旦那。こうやって誰かを殺しちまって、それを一番許せないのは旦那自身なんだろ。それくらい、呪術師の殺しで嫌な思いをしてきた俺たちだって解る」

「……綺麗事を言っても、仕方がないだろ」

 李期の言葉を、蒼礼は何とか否定した。

 今、自分の足元に転がる男たちが答えだ。こうやって、何の躊躇いもなく殺してきたことこそ、今の自分がいる。

 奏呪として生きてきた事実は、数多くの命を手に掛けた証だ。何の躊躇いもなくその息の根を止めてきた証拠だ。

「ともかくだ。早いこと死体を片付けちまおう。誰かに見られると厄介だ」

 押し問答を続ける三人に、李徳がやることがあるだろと手を叩いた。

 確かに、ここに消し炭になったキョンシーもどきと馬一族の生き残りの死体を転がしておくわけにはいかない。

「簡単だ」

 蒼礼は言うと、懐から別の札を取り出した。そして三人に離れるように言う。

「そのまま消えるとか、なしだからね。あんたを探し出すのに、どれだけ苦労したと思ってるのよ」

 それに鈴華が警戒を露わにして言う。

(まったく、どうしてこの娘はこうなんだ)

 蒼礼はちっと舌打ちしつつも

「逃げないから退け。死体と一緒に地中深くに眠りたいのか」

 そう言って鈴華を下がらせた。

 これで軽蔑してくれれば、ここで別れられたと思っているのに、どうやらそれは叶わないらしい。真っ直ぐな鈴華の目に、蒼礼は大丈夫だと頷き返すしかない。

 そして

「没!」

 死体に向けて札を投げると、そこの地面が陥没した。ついで

「復!」

 もう一度札を投げると、今度は元通りの地面が現われた。もちろん、そこには死体はない。死体だけ地下に残して戻したのだ。

「凄い」

「やっぱり凄えわ」

「桁違いってやつなんだな」

 それに三人が素直に喜ぶのだから、蒼礼はますますやりにくい。

「二人は町に戻って、キョンシーは来ないと教えてやれ。俺はもう行く」

「私も一緒に行くわよ。なに一人でどっかに行こうとしてるの」

 鈴華はそう言うと、くるっと蒼礼の腕に抱きついてきた。蒼礼は止めろと慌ててしまう。

「お前な」

「離さないわよ。あなたしかいないんだから。例え最強最悪の奏呪の奏翼だろうと、もう、あなたしか頼れる人がいないの」

「……」

 見上げてくる目は真剣で、それは先ほどのキョンシーもどきたちが集団で襲ってくるような、そんな深刻な事態が頻繁していることを伝えてくる。

 下々に対して治癒を施せる呪術師がいない。

 それは紛れもない事実で、蒼礼にしか出来ないのも事実なのだ。

「沢山の呪術師に会ったわ。でも、あなたのように、治癒を使える人はいなかった。それだけじゃなく、私の話に耳を傾けてくれる人はいなかった」

「いや、耳は傾けていない。お前が無理やり」

「でも、それでも、あなただけだったから」

 鈴華の訴えに、どうしようもないなと蒼礼は首筋を指で掻く。その様子を李期と李徳がにまにまと笑って見ているので

「早く戻れよ」

 と追い払った。

「はいはい。旦那、ご武運を」

「またうちの町に立ち寄ってくださいよ。今度はもっとご馳走を用意しておきますから」

 李期と李徳はそう言うと、足早に町へと戻っていった。彼らが今見たものをどう伝えるか、それは最後の言葉で推測できる。

「あいつら、馬一族のことは言わないつもりだな」

「そりゃあそうでしょ」

 ようやく元の調子に戻った蒼礼に、鈴華はにっこりと笑っていた。

 正直、躊躇いもなく、それも一瞬で五人を殺してしまう奏翼は怖い。でも、こうやって気楽に付き合ってくれる蒼礼が本当の姿だと信じたかった。

「お願いだから、奏呪として振る舞わないで」

 思わず、ぎゅっと蒼礼の腕に抱きついて訴えてしまう。

「……無理を言うな」

 それに対し、約束はしない蒼礼だ。

 胸には奏呪の証がある。そして自分はいつでも誰かを殺せる。

 それでも隠れていないで先に進むしかないというのならば、進むだけだ。

 蒼礼は鈴華の頭をぽんぽんと撫でると、次の村に向けて歩き始めた。

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