第19話 最恐の呪術師

「なっ」

 そしてそこで、キョンシーの集団が旅人五人を襲っているところを目撃することになる。

 これは拙い。キョンシーもどきからダニを引き離してなんて、悠長なことを言っている暇がない。

 襲われている旅人は男ばかり五人。この五人にダニが移る前に、すでにキョンシー化している人間たちのダニを死滅させなければならない。

 そして、そのキョンシーもどきはざっと見積もって三十人。

「やるしかないか」

 もう二度と使うことはないと思いつつ、常に懐に入れて持ち歩いている呪殺専用の札を掴むと

「殺!」

 近くにいたキョンシーもどきを一撃で倒し

「炎!」

 ついですぐに燃やしてしまう。

「なっ」

 それに驚いた声を上げるのは、襲われていた旅人たちだ。加勢が来たことに喜ぶかと思いきや

「貴様、呪術師か!」

 憎々しいとばかりに吐き捨てられる。

(まあ、これが普通の反応だな)

 蒼礼は冷静にそう思い、残りのキョンシーもどきの退治に勤しむ。

 旅人たちも恨みのある呪術師と一緒に戦うのは嫌だろうが、キョンシーに襲われるのはもっと嫌なのだろう。黙々と持っていた剣でキョンシーの心臓を一刺しにしている。

(武術の心得がある、か。面倒だな)

 蒼礼は旅人たちが倒した死体も燃やしながら、残りの殲滅に全力を尽くした。

「蒼礼!」

 と、そこに遅れていた鈴華と李期、それに李徳が追いついてきた。蒼礼はますます拙いなと舌打ちしてしまう。

「呪術師の仲間か」

 旅人の一人が憎しみが籠もった目を鈴華に向ける。鈴華はそれに一瞬怯んだようだが、気丈にも言い返そうとした。しかし、蒼礼の術がそれより早く発動し、鈴華は声を出すことが出来なかった。それどころか、一歩も動くことが出来ない。李期と李徳も同じだ。

「こいつらは関係ない」

 炭になっていないキョンシーもどきがいないことを確認し、蒼礼はそう言って旅人たちの前に立ちはだかる。

「かばい立てするなよ」

「呪術師は一人残らず殺してやる!」

 一瞬の共闘はあったものの、男たちは憎しみを真正面から蒼礼にぶつけてくる。その目の強さに、下手な誤魔化しは良くないなと判断した。

「ほう。そこまで恨むとなると、あの戦で奏呪にとことんしてやられた一族の生き残りか」

 だから、蒼礼はあえて挑発するように笑って訊く。

「貴様」

「まさか奏呪か?」

 怒鳴る男と、剣を構え直す男。その他三人も蒼礼にのみ注目してくれている。

「そうだ」

 蒼礼はあっさり肯定してみせると、証拠だとばかりに着物の袷を少し開けさせる。

「!」

 鎖骨の下、そこに奏呪の者であることの証、龍家の紋章の入れ墨があった。

 その入れ墨はあまりに有名だ。奏呪たちは必ず鎖骨の下、目立つ位置に入れ墨をしていて、戦の間、それを誇示するように大きく胸元が開いた道士服を着ていた。

 まさにこの入れ墨は呪いの象徴なのだ。と、同時に奏呪が一人残らず皇帝である龍家の持ち物であることも示している。

 それに男たちの目は驚きで見開かれ、次いで憎悪に満ちたものに変わる。

「ならば丁度いい。多くの同胞を殺してくれた奏呪め。この場で八つ裂きにしてくれる」

「我らは馬一族の生き残りだ!」

 男たちはそう言うと、一斉に蒼礼に襲いかかった。

 ここでこうやって刃向かってくるということは、馬一族の呪いに掛かった者はすでに殺された後なのだろう。蒼礼はその皮肉に笑いそうになる。

 せっかく一人の犠牲で守られていた一族は、これを気に駆逐されることになるだろう。それこそ根絶やしだ。

「そうか、ならば死ね」

 蒼礼は唇を吊り上げると、当たり前のようにその台詞を吐いていた。それに鈴華が大きく目を見開いたことにも気づかない。

 こうなる前にキョンシーもどきとなった人間を殺していたことも、蒼礼の箍が外れやすくなっていた原因だ。そこにこうやって奏呪としての入れ墨を見せる展開になってしまえば、それはもう相手を殺すことしか考えられなくなる。

「殺!」

「や、止めて!」

 気迫で蒼礼の術を破った鈴華だったが、その願いは届かなかった。奏呪の呪殺の速さは、瞬きの暇さえ与えない。

 どさっと五人が息絶えるのは本当に一瞬だった。

「……」

 蒼礼はそれを冷たく見下ろし、それから、自分に近づいて来た鈴華を見た。鈴華の顔は青ざめていたが

「殺さなきゃ、駄目だったの?」

 そう問い掛けることは忘れなかった。

「解らん」

 それに蒼礼が返せるのはこれだけだった。

 殺すか殺さないか。その判断基準が完全に龍一族かそれ以外かになっていた。奏呪の頃のまま、大戦の頃のまま、蒼礼は殺すのに躊躇いが生まれることは一切なかった。

 蒼礼は着物を直すと、李期と李徳の術を解いてやる。二人はその場にへなへなと座り込んでしまった。腰が抜けたのだろう。蒼礼はそんな二人に近づくことはなかった。

 今の呪殺の現場を見てまで、蒼礼を治癒が出来る人のいい呪術師とは思えないはずだ。いつでも殺すことが出来る危険な奴。そう思ったことだろう。

「蒼礼。言い訳して」

 鈴華が二人が蒼礼を見る目が変わってしまうことを危惧して言うが

「無理だ」

 蒼礼はきっぱりと言っていた。

 実際、治療をすることを引き受けたのは、虎一族への負い目があるからだ。自分が奏呪であったことを否定するためじゃない。

「俺は人殺しの奏呪なんだ。それも一番と言われた奏翼。お前が一番よく解っていることだろ」

 それでも俺を頼るのか。蒼礼はじっと鈴華を見つめる。

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