第16話 容疑者

「はい。ですが、それを危険だと判断した当主によって、真っ先に首を刎ねられております。生き残っている可能性は低いかと」

 奏銀はあり得ないでしょうと難しい顔だ。三十七と十も年上の彼は、大戦に駆り出されることになった呪術師たちの争いをよく覚えているのだ。おかげであれこれと確認するにも好都合である。

「真っ先に首を刎ねた、か。その割に、奏呪の中に当主の名前は初めからなかったよな」

「それは、陛下が危険視されたからです。月家当主の紫礼しれいは野心家として知られていました。身寄りのない奏翼を養子とし、跡取りとして育てていたことからも、それはよく解ることかと」

「そうそう。なぜ養子なのか。奏翼が月家に引き取られる前は」

「月家に潰されるまで、月、星と並んで呪術師を多数輩出していたよう家の子どもです。赤ん坊だったため皆殺しから逃れたとされていますが、紫礼がその血を欲した故であろうというのが、大方の見方ですね」

「なるほど」

 それは非常に厄介な背景だ。奏刃は初めていなくなった奏翼に同情した。赤子の頃から人生を誰かに握られていた男は、大戦でも唯々諾々と従い続け、そして逃げたというわけだ。

「逃げても追われるだけなのにな」

「は?」

「いや、いい」

 思わず考えていたことを呟いてしまい、奏刃は忘れてくれと手を横に振る。

 これで蒼礼に才がなければ、呪術師として利用される人生はなかっただろう。しかし、才がなければ今まで以上に過酷な現実が待っていたはずだ。同情するのも無意味だし、同様に逃げたことをとやかく言っても無意味だ。

 ただ、同様に逃げることにも意味がない。あの男はようやくある程度自分で自由を手に出来る地位を得られるはずだったのに、その前に逃げ出したのだ。自由を放棄したのと同じだ。今後、連れ戻されて過酷な運命が待っているが、同情の余地はない。

 どうあっても過酷な中に生きなければいけない者はいる。それがこの世界だ。かくいう奏刃だって、一生涯、皇帝とそれに連なる血族の顔色を窺いながら生きていくしかない。

「話を戻すと、その紫礼ならば」

「うまく逃げている可能性はあるでしょうね。大戦が収まり、ほっとしているところを突くというのも、やりそうなことです」

 奏銀は可能性は非常に高いでしょうと頷いた。

「次に私の家の星家だが、可能性は私の兄の星砂明せいさめいか」

 奏刃は思わず苦々しいという顔をしてしまう。

「確かに紫礼と同じくらいに可能性は高いですね。砂明様はいわゆる自由人ですからね」

 それに奏銀も困惑顔をしてしまった。

 奏刃の兄の砂明は特に反発したわけではない。ただ、組織に生きるにはあまりに規格外の人だったのだ。ゆえに刃向かっていないにも関わらず消されることとなった。とはいえ、その死体は誰も確認していないという、なんとも曖昧な状況だ。

「やり方としても砂明が気に入りそうなものだ。問題は、奴が個人でそんなことをしない、という点か」

「はい。むしろ、砂明様を保護された方が悪用されている、とするのが考えやすい筋書きですね」

「まあな」

 敵対した氏族は呪いを用いてまで殺したとはいえ、皆殺しにしたわけではない。さすがに戦の大勢が決すると、龍統も殺す数を減らしたものだ。だから虎の娘である鈴華も生き残っている。

 もちろん、ただ殺さなかっただけではない。その生き残りが何か出来ないように、呪に冒された者を必ず一人残すようにしていた。虎一族の場合は当主だった虎優達だ。彼は今も呪に冒され、見るも無惨な姿で生かされている。そして誰かが余計な行動をすれば、その呪が暴走し奏呪に状況が解るようになっている。

「虎の姫は盲点を突いてくれたな」

 そう言えばと、奏刃は苦々しくなる。奏翼が見つかったのは喜ばしいが、目的が周囲の人々を助けたいとなれば、呪いは発動しなかったのだ。

 つまり、この時点で虎一族は白だ。鈴華はいずれ奏呪が調べ始めることを察知し、先手を打ったというところだろう。とはいえ、誰かを助けるために西を離れ、蒼礼に接触するというのは、かなり壮大な賭けだ。

「虎鈴華か。今後、目障りになりそうだ」

 奏刃は呪術師の直感として、そう呟いていた。


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