第15話 苦戦

「こ、これが、呪いの元?」

 蒼礼が捕まえたダニに、初めて見る自警団の面々と李期は目を丸くした。本当にダニだったものだから、びっくりしているようだ。話に聞いているだけだと、普通のダニとは違う、凶暴なものを想像していたに違いない。

「普通のダニと同じく、こうやって潰せる。潰してしまえばもう問題ない」

 蒼礼はそう言って実演してみせる。ダニは指を閉じるとぷちっと潰れてしまった。

「本当に普通のダニと同じなんだな」

 李徳がびっくりだと、蒼礼の指に残るダニの死骸を見つめる。やはりどう見ても目で見つけられるギリギリの大きさのダニだ。何か特殊な模様や色というわけでもない。

「見分けが付かないからこそ、知らない間に蔓延し、キョンシーと誤認され続けたんだよ。実際はキョンシーと違って生きた人間だ。取り憑かれた初期の段階ならば、ダニを取り除けばそこの李期のように助かる」

 蒼礼はそう言って李期を指差す。李期は噛まれたことは覚えているものの、自分がダニに操られたことは覚えていなかったので、目と口を限界まで開いている。

「お、俺」

「一瞬だった。もう問題ない」

 大丈夫なのかと心配そうなので、蒼礼は術も解除済みだと念を押しておく。

「ここにはまだダニが潜んでいるかもしれないから、一応は祓っておこう」

 そして蒼礼は札に使用するための短冊の束を取り出すと、携帯用の筆と墨でその場で札を作っていく。そして檻とその中にどんどん張り付けていく。ダニは小さいので、術も念入りにやっておく必要がある。

「まだ離れておいたほうがいいわね」

 鈴華はその間に自警団と李期に下がるように指示を出す。

 その間に蒼礼が札を貼り終え、今度は呪いを強固にするために反閇(へんばい)を行う。これには特殊な足の動きを行うことで地面を清める作用もある。

「解呪!」

 そしてぱんっと手を鳴らすと、かっと小屋とその周囲が光った。それに自警団たちはおおっとどよめいた。呪術師の技を間近で見るのが初めてなのだ。昨日の治療の術とは違い、今日のものは波動を感じる。それだけに驚きも大きかった。

 蒼礼は最後にもう一度呪の気配が残っていないか確認し

「これで大丈夫だろう」

 と頷いた。

「いやあ、昨日の治療も凄かったけど」

「すんごい呪術師様だな」

 李徳と李期は、そんな蒼礼を見て、思わずという感じで呟いていた。



「キョンシーではないモノか」

「はい。どうやら虎の姫が動いた要因はこれにあるようです」

 その頃。都では奏呪と別の動きを見せる東宮の龍聡が、キョンシーもどきの報告を受けて顔を顰めていた。一体何が起きているんだと、その顔は険しい。どうやら単純に奏翼を掠め取ることは出来ないようだ。

「奏呪はどこぞの呪術師がやったのだろうと調べ始めています」

 この件を一任されている利映が、どうしましょうと龍聡を窺う。

「呪術師ねえ。めぼしい呪術師はみな奏呪になるか、それ以外は始末されたはずだ。一体誰がそんな巧妙な術を使えるというんだ」

 その龍聡は奇妙ではないかという顔をする。

「確かに。その点は奏呪も苦労しているようです」

「ふうむ」

 何が起こっているのだろう。龍聡は不気味な動きを知り、ふうむと腕を組んでいた。



 利映が報告したとおり、奏刃は苦戦していた。そもそも戦に呪術師を投入した段階で、龍統は自らに従わない呪術師を悉く殺させている。

 それはある意味で奏呪に入るための試験にもなっていて、奏刃も同族を幾人か殺している。だから、あれを生き残ることが出来るだろうかという疑問があった。

「だが、奏翼が治癒の力に目覚めたというのならば、そういう方面に強かった奴がいてもおかしくない。つまり術を逃れることがいたのでないか」

 そう仮説を立てると、まずは自分の生家であるせい家――奏刃の真名は星葉明せいようめいというのだ――と、蒼礼が育ったげつ家を調べることにした。この二つの家は大戦前、呪術家の二大巨頭だったのだ。生き残れるとしたらこの二つの家の人間だろうと考えるのは妥当な判断である。

 奏刃は馬車を用意させると、その二つの家があった場所へと向った。調べるにあたり、奏呪の一人で腹心の部下である奏銀そうぎんを同行させる。何かあった時のための用心だ。

「奏翼は養子でありながら一番の実力を持っていた。それを妬んでいたのは兄、つまり当主の実子の赤礼せきれいだったな」

 龍央州の南側を目指しながら、奏刃は男装するためにきっちりと閉じていた袷を寛げつつ確認する。

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