第14話 懸念

「見つけたのはたまたまでございます。龍北州の端、竜頭地方の山の中に隠れておりました。それを見張っておりましたところ、ダニによる呪いを発見したのでございます。奏翼はダニに気づくとすぐに治癒を施し、民を救っておりました」

 奏刃は現段階で解っていること総てを報告する。奏呪として自分を拾ってくれ、さらにここまで引っ張り上げてくれた恩人だ。隠し立てするつもりはない。

「奏翼が人を救ったか」

 龍統はそれは面白いと、声を立てて笑う。それだけ意外であり、人の心が残っていたのかと驚かされる。

「成り行き上という感じですが、救っておりました」

 嘘ではありませんと、奏刃は重ねて言う。すると、龍統もようやく笑いを引っ込めた。

「なるほどな。つまり、奏翼を泳がせておけば、ダニに関してはいくらか問題が解決すると」

「はい。その間に我らで呪いを発動した者を探し出します」

「ふむ。解った。任せよう。ただし、ダニの問題が終わり次第すぐ奏翼を捕らえよ。いいな」

「もちろんでございます」

 それはこの十年、ずっと奏呪に課せられた役目だ。当然だと奏刃は頷く。今や自分がこの国一の呪術の使い手と自負しているが、奏翼は別格だ。このまま泳がせておくのは危険すぎる。

「捕らえ次第、必ず陛下に再び忠誠を誓い逃げられぬよう、仕立ててみせます」

 奏刃の口元に、暗い笑みが浮かんでいた。




 宴会が終わって町人たちが寝静まってから、蒼礼は町中の散策へと出掛けた。

「物好きね。いくら町の人たちから信頼されているからって、夜中に動くなんて。盗人と間違えられかねないわよ」

「おいっ」

 しかし、一人であれこれ調べようと思っていたのに、ちゃっかり鈴華が付いて来ていた。それに思わず蒼礼は文句を言いそうになる。

「逃げられると困るからね。それで、キョンシーもどきがいないかどうか、調べるのね」

「ああ。ここで蔓延されると面倒だ」

 蒼礼がふんとそっぽを向くと、鈴華が面白いとばかりに笑ってくる。素直に心配だと言えばいいのにと、そう思っているのが顔に出ている。

「たまに出るというのは、当然だが旅人にくっついて来たということだろう」

 蒼礼はそんな鈴華の顔を見ないように、きょろきょろと周囲に目を配る。ダニを目視するのは至難の業だが、そのダニが発する呪の気配を察知するのは簡単だ。ざっと見て回るだけでも、ダニがいるかいないかは解る。

「大丈夫そう?」

「この辺りはな。中心部までは入り込んでいないようだ」

 宿屋や飯屋といった、人の行き来が多い場所ではダニもくっつきやすいのか、ここでこそこそとしていないらしい。ちなみに町人の身体はすでに蒼礼が確認し、ダニがいないことを確認している。また旅人にくっついてどこかに行ってしまったのだろう。

「安心した?」

 鈴華はさっさと戻りましょうと言うが、蒼礼はすたすたと歩いて行く。全く勝手な男だ。

「ねえ」

「綺麗にいないと、逆に気になる」

「まあねえ。でも、目撃情報も少ないみたいだし。ちゃんと檻に入れることで隔離していたからじゃない?」

「まあな」

 鈴華の言うことは一理あるが、蒼礼は奏呪のことが気になって仕方がないのだ。とはいえ、向こうもそう簡単に尻尾を掴ませるわけがない。ダニがいないからといって、近くに奏呪がやって来ていた証拠にはならない。

「駆除して行ってくれるならば、それはそれでいいんだが」

 奏翼をどうするつもりだろうか。この身の呪いに触れられるわけにはいかないのに。

 その不安が、今になって蒼礼を苛んでいた。




 翌日。奏呪が近くにいた懸念はあるものの、奇妙なものが蔓延しているのを放置するわけにもいかず、蒼礼はキョンシーもどきを隔離していたという檻まで案内してもらった。

「ここです」

 自警団の団長、昨日は捻った足首を治してくれと訴えた李徳りとくが教えてくれる。それは町の外れにあり、元は鶏小屋であったものを改造したかのような、粗末で小さなものだった。

 ちなみに今はキョンシーもどきはいない。一週間前に出たのが最後で、ここ数日は町では見かけていなかったという。

「これでちゃんと隔離できていたのか?」

 ダニに取り憑かれた男の凶暴さを見ている蒼礼は、これで大丈夫なのかと訊ねる。正直、鉄格子があっても破りかねない破壊力がありそうだった。

「大丈夫でしたよ。まあ、取り押さえる段階でかなり暴れた後ですからねえ。こっちも必死だからかなり怪我を負わせてましたし。体力がなくなっていた感じで、割と大人しかったです」

「なるほど」

 ダニは常に寄生主から血を得て呪術を発動しているようだった。その血が失われ、さらに身体の栄養がなくなるとダニも死んでしまって術を維持できなくなる。となると、隔離までに怪我をしてなおかつ体力を失っていたとなれば、後は大人しく死を待つだけだったということだろう。

「まだ気配があるな」

 とはいえ、ダニは術を発動していない状態ならば身体を離れて自由に動き回ることが出来る。檻の付近にはまだダニがいる気配があった。

「危ないの?」

 鈴華は身構えつつ訊く。くっついてきていた李期も、一度襲われた経験があるから身を縮ませた。李徳と自警団の団員三人も大丈夫かと不安そうだ。

「ちょっと離れて待ってろ」

 蒼礼は下がっているように命じ、一人で檻へと近づく。そして呪の気配を捉えながら、慎重に進んだ。

「よっ」

 そしてひょいっと檻の中の藁を掴むと、そこにいたダニを捕まえた。

「これだ」

「えっ」

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