第13話 奇妙

 今でもこの国で呪術師と言えば殺し屋だと言われるのも、この時の印象が強いためだ。そして多くの呪術師たちが、殺しに特化した術しか知らない状態になっている。

 もしも鈴華が治癒も行えると教えてくれなかったら、蒼礼だって自分の力が他に使い道があるなんて知らなかっただろう。それほどに、この国の呪術は殺すことに傾きすぎているのだ。

「大丈夫」

 黙り込んだ蒼礼を心配した鈴華が覗き込んでくる。それにびっくりした蒼礼だが

「お前が言うか」

 と、デコピンを食らわせておいた。

 一番恨んでいるのはお前のはずだろ。

 蒼礼は心配されるのは間違っていると苦笑する。

「いたっ。心配してあげてるんでしょ。あなたしか頼りに出来ないんだから」

 その鈴華は何をしてくれるのよと、デコピンの倍の力で背中を殴ってくれる。おかげで手に持っていた杯から酒が零れた。

「加減をしろよ。まったく、お嬢様らしさが一分もないな」

「煩いわね」

「まあ、おかげでお前の言葉が信じられたのかもしれないけどな」

「っつ」

 もしも虎優達の娘、虎一族を背負うお嬢様として目の前に現われたのならば、ここまで素直に治癒を試し、一緒に旅をすることも了承しなかっただろう。蒼礼はその点に関して素直に鈴華を凄いと思っている。

 一方、鈴華は不意打ちに優しい顔をしているんじゃないわよと、思わずドキッとしてしまったことを隠すように、もう一発背中を殴ったのだった。




「治癒、ねえ」

「はい。間違いなく奏翼がやっているようです」

 さて、その頃。中央では蒼礼の懸念どおり、奏呪が逐一その行動を監視し、報告していた。しかし、治癒を行っているという話に、奏刃の綺麗な顔が険しくなったのは言うまでもない。

「呪術師には治癒も使えるという噂は、ここ最近耳にしてましたが、まさか奏翼がやっているとは」

「しかし、その噂は奏翼の姿を捉える前からある。一体どういうことだ」

 奏刃以外の奏呪からも、ざわざわとあれこれ意見が出る。

 確かに何かと奇妙な話だ。

「それと、ダニを使ってキョンシーのまがい物を作っている術士がいるということです」

「そう、それも奇妙だ」

 奏刃は腕を組むと、一体何がどうなっていると唸っていた。

 今の今まで、そんな話は奏呪に伝わっていない。誰かが意図的に消しているのか。しかし、そんなことをする意味がどこにある。

「奏刃様。キョンシーに関して主上には」

「一応耳に入れる必要があるだろうが」

 何かがおかしい。何かがある。まるで大戦の最中、あれこれ呪術の罠を張っていた頃のようではないか。奏刃は冷や汗が出る。

「もう一度、大戦を起こそうとしている奴がいるのか」

 そして一つの可能性に気づき、ぶるりと身震いしていた。




 もう一度大戦を起こそうとしている奴がいる。その可能性に気づいた奏刃はすぐに礼服である深衣しんいに着替えると、皇帝である龍統に報告へと向った。

 その龍統は夜遅い時間だというのにまだ政務室におり、報告するのには問題なかった。王たる威厳を纏った龍統は、さらさらと書類を書いている。今年四十五になるとは思えぬ働きぶりだ。

 そんな龍統は綺麗に整えた髭を持つ、なかなかの男前だ。豪奢な服に隠れているが、筋肉もそれなりにある。

「主上、少し宜しいでしょうか」

 奏刃が恭しく一礼をして訊ねると

「急ぎか」

 と、龍統が目を鋭くして問うてきた。それに奏刃は大きく頷き、近くにいた尚書省しょうしょしょうの官吏を遠ざけてもらう。官吏は奏呪の話なんて耳にしては大変と、それにほっとしたように去って行く。

 人払いが終わると、奏刃は龍統の机の前まで向った。そして

「陛下に叛意ある者が、この国の民を呪っております」

 と報告する。それに、龍統の目がますます鋭くなった。

「どういうことだ?」

「はっ。ダニを用いた呪を放ち、民草を苦しめております。それは無差別であり、すでに龍北州近郊まで広がっております」

 奏刃の報告に、龍統の顔はますます険しくなる。

「謀反か」

「その可能性が高いかと」

「その呪に奏翼が絡んでいる可能性は」

「ありませぬ。むしろ奏翼はそのダニを駆除しております。ダニを用いた呪であることに最初に気づいたのも奏翼です」

「ほう」

 知らぬ間に面白いことになっているではないか。龍統の唇がにやりと歪む。それに奏刃は報告が遅れ、申し訳ございませぬと頭を下げる。

「それはよいが、奏翼は戻って来たのか?」

 龍統は雲隠れしていたのではないかと、そこを追及する。

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