第12話 信頼
列が半分くらいに短くなった頃。
「それにしても、呪術師が治療できるなんて、聞いたことないけどねえ」
次々に札を書いて治療をしていく蒼礼を見つつ、どうなっているんだいと明倫は鈴華に訊ねる。鈴華は明倫相手に誤魔化すのは良くないだろうと
「ええ。普通の呪術師には無理ですよ」
そう断言した。
「普通の。っていうと、どういうことだい?」
明倫は休憩がてらに喋りなよと、蒸し饅頭を差し出して訊ねた。鈴華も疲れていたのでありがたく一つもらうと
「呪術師に治癒能力があるという噂を聞いたのは、たまたまでした。私の父が、ちょっと病気なもので、治せる人を探していたんです」
と告白する。
「おやおや。若そうなのに苦労してるんだねえ」
「まあ、それなりに。で、医者では駄目で、治癒できる呪術師を探していたんですが、多くは呪うことしか出来ませんでした。呪うことの反作用が治癒だという話ですが、多くの人は、そんな器用なことは出来なかったんです。奏よ……蒼礼さんが出来たのは、あの人の能力が飛び抜けて高いからなんですよ。あの人は、本当に最後の頼みの綱でした。無事に会えて良かったとほっとしています」
鈴華はそう言って、治療に専念する蒼礼を見た。
それに、治せたとしても一緒に来てくれるかは賭けだった。もしも蒼礼が虎優達のことを何とも思っていなければ、付いて来てくれはしなかっただろう。
冷徹な殺し屋。それが奏翼だ。だから、ぶっきらぼうながらも優しい人だとは、出会うまで知ることの出来なかった一面だ。殺しに関しては今も冷徹な部分があるようだが、決して率先して殺しを行うような人手はないと理解した。
「あの人も若そうなのに、凄いんだねえ。ひょっとして仙人だったりして」
熱心に蒼礼を見つめる鈴華から感じ取るものがあった明倫は、ありがたいねえと手を合せていたのだった。
それからしばらくして、夕方になったので一先ず治療はここまでとなった。蒼礼がやれやれと肩を回していると
「今夜は宴会だってよ。町の連中がお礼にって張り切ってるぜ」
と李期が笑顔でやって来た。
出来ればもう寝たい蒼礼だったが、断るわけにもいかなそうだ。面倒だなと思ったものの、情報を集めるのには丁度いいかと割り切るしかない。
「一気に人気者ね」
鈴華がにやにや笑って言うので
「ふん」
と蒼礼は鼻を鳴らしておいた。
まったく、この娘と関わってしまったせいで、とんでもないことになっている。ただでさえ、自分の身にある呪いがどう発動するか解らない不安があるから、奏呪に動向を知られたくないというのに、これでは宣伝して回っているようなものではないか。
「さあさあ、こっちに。この町で一番でかい宿が会場です」
あれこれと文句を言いたかった蒼礼だが、李期に引っ張られて、すぐに宴会場へと向うことになってしまうのだった。
宴会場には多くの町人が集まり、さらに酒に料理が大量に用意されていた。
「よっ、主役のご登場だ」
「兄ちゃん、すげえなあ。まっ、一杯飲んで」
「この団子、うちの自慢なの。食べて」
蒼礼が着くと、町人たちがそう言ってあれこれ手に持って集まってくる。
「あ、ありがとう」
ここ十年、あの脱穀店の店主としか会話して来なかった蒼礼にすれば、人だけで酔いそうな勢いだった。ついでに奏呪だった頃だって、これほど多くの人を相手にしたことはない。
「はいはい。一気に喋らないの」
そして、ここでも明倫が割って入ってくれて、助けられる蒼礼だった。李期を上手く使っているところからしても、この女性は人の扱いがとても上手だ。
こうしてしばらく交互に町人たちから酒や飲み物を振る舞われ、蒼礼がぐったりとしてくる頃。
「いやあ、兄ちゃんに出会うまでは、呪術師なんて殺すばかりの連中だと思ってたけどなあ」
と、酔った町人が呟くのが聞こえた。
「そうだよなあ。あの大戦の時、大変だったもんな」
それに合わせるように、他でも呪術師の話が始まる。蒼礼は思わず身構えてしまった。それに気づいた李期が
「この辺りは有力氏族の一つの馬一族が支配していたからさ。徴兵された人がいるんだよね」
と教えてくれる。
「なるほど」
馬一族は鈴華のところの虎一族に並ぶ大きな勢力を持つ一族だった。そこの戦いに巻き込まれたのなれば、町人とはいえただでは済まなかっただろう。
奏呪で最も強く殺した呪術師とされる蒼礼だが、相手にしたのはそういう氏族の頭や取り巻きたちだ。しかし、奏呪の下部部隊は町人を含めた兵士の殲滅を主としていた。その呪術によって殺された人たちは万単位だろう。
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