第8話 救える条件
「でもどうしてキョンシーのような動きを?」
鈴華はそれでも解らないことがあると首を傾げていたが、蒼礼が札を取り出したので剣を構え直す。
「なっ」
そして、先ほど襲われて倒れた男が、顔色を悪くし、虚ろな目をしている様子を目撃した。
「どうやらダニを媒介するために噛みついているようだな。噛みつくのが最も身体が密着するということだろう。もしくは、人間の身体を作り替え、唾液に麻酔成分でも含んでいるのか」
蒼礼はもう一人の男にも気絶させる術を放つ。そして、その男の服も剥ぎ取った。すると、もぞもぞと動くダニが何匹かいる。
「これって」
「あっちの男から移ってきたんだろうな。あちらの男はもう虫の息だ。他の宿主を探していたというところか。取り敢えず、両方のダニを始末。そこから治癒だな」
先ほどまで感じていた助けることへの疑念を払い除け、蒼礼はまず取り憑かれたばかりの男の服を剥ぎ取った。ダニを潰しつつ、他に異常がないか調べていく。
「こっちは?」
鈴華は最初の男はどうすればいいと訊いてくる。気持ち悪い光景に引くかと思ったが、気丈なものだ。
「そっちもまだいるだろうから近づかないようにしてくれ。それと、お湯を沸かしてくれ。服にダニが残っていると厄介だからな。湯煎してしまおう」
「了解」
鈴華はそのまま蒼礼が投げ捨てた桶を持って川に走って行く。
蒼礼はお湯が準備されるまでの間、目視で確認できるダニを取っていく。そして解除の呪術を施してから潰した。これで間違ってこの呪術が広がることはないはずだ。
「それにしても」
ダニを捕まえて呪術を仕掛けることといい、無差別に術が広がる方法といい、奏呪のやり方ではない。しかし、奏呪にしか出来ないようなやり方だ。一体犯人は誰なのか。
「お湯の用意が出来たわ」
と、そこに鈴華が知らせに来た。蒼礼は二人の男の服を持つと、ぐらぐらとお湯が煮えたぎっている鍋の中に放り込む。
「これでくっついているダニは死滅するだろう」
「はあ、良かった。って、私たちは大丈夫かしら」
「一応は確認しておく必要はあるが、それは後で大丈夫だろう」
すでにダニからの術の特徴を覚えている。小さくてなかなか感知しにくいが、近くにいれば解るはずだ。そして、今のところ、自分にも鈴華にもその気配はない。
「はあ。でも、キョンシーじゃなくて生きている人だったなんて。あの人たち、大丈夫なの?」
鈴華は丸裸にされて転がされている男たちをちらっと見る。さすがに年頃の娘らしく、じろじろと見ることはなかった。
「さっき噛まれた方は大丈夫だ。俺の術で復活させられるだろう。ただ、もう一人はどうだろうな」
いくら治癒の呪術が使えるとはいえ、死にかけの男を救えるかは微妙だ。しかも長い間、低体温と低栄養状態だっただろうことは見ただけで解る。身体が健康になったとしても、どこかに不具合が出るはずだ。
「見捨てないわよね」
解らないから無理と切り捨てないか。鈴華は心配になって確認していた。それに蒼礼は肩を竦めたが
「やるだけやってみるが、それで救えなかったとしても恨むなよ」
とだけ言う。
「それはもちろん。医者に診せたって、みんながみんな治るわけじゃないし」
鈴華はそれに腹を立てることもなく、しかし棘のあることを言ってくれる。医者が治せなかったのは呪術による傷や病気だろう。それはすなわち、虎一族を呪った奏呪のせいだ。さらに言えば、その多くを行ったのは奏翼だった蒼礼だ。
蒼礼はやれやれと思いながらも、まずは噛まれたばかりの男に対して治癒を行う。
「
鈴華にやった時はおっかなびっくりなところがあったが、この三日でやり方は確立している。呪符とともにそれに見合う言霊を乗せてやると、男の身体がぼんやりと輝いた。
「これで大丈夫だろう」
同時に意識を失わせる術を解除して終わりだ。だが、問題はもう一人。
ダニがいなくなったことで回復するかと思っていたが、かなり呪術の浸食が進んでいたようだ。真っ青な顔に血の気は戻らず、呼吸も浅い。
「どう?」
蒼礼が険しい顔になったことで、鈴華は不安になって訊く。
「正直、ここで終わりにしてやるのが一番だ」
そして蒼礼は無情な判断を下した。もちろん、治したくないというわけではない。しかし手遅れだ。腕を取って脈を診ても弱い。ダニがいなくなったことで、むしろ血の巡りが悪くなっている。この男はすでに呪術に生かされていたに過ぎない。それこそ、ダニの次の寄生先を探して彷徨っていただけなのだ。
「じゃあ、ダニに寄生されてからしばらく経つと」
「いずれ死ぬってことだな」
蒼礼はどうすると逆に鈴華を見た。
ここで楽にすることは蒼礼にすれば簡単な作業だ。しかし、普通の人、特に呪殺の怖さを知る鈴華はいい思いをしないだろう。
見ると、鈴華の顔は真っ青になっている。しかし、浅い呼吸を繰り返す男を見て、意を決したようだ。
「蒼礼の判断に従うわ。ただし術を使わないで」
そう言って、腰に差していた剣を差し出す。これを使うならば、というわけだ。
「解った」
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