第7話 意外な正体
「解ったわ。ああ、分担できるっていいわね。一人だと水を汲んで火を付けてって、結構早い時間に野宿場所を決めなきゃだったのに」
うきうきと薪に適した枝や枯れ葉を集め始める鈴華に、逞しすぎるだろうと思う蒼礼だ。いくら零落し、当主が呪いで動けないとはいえ、姫君とは思えない行動力と順応力だ。
「まあ、そうしなきゃ生きていけないか」
しかし、姫らしく生きられない理由を作ったのは自分だったと、蒼礼は頭を振って姫だった事実に目を背けた。しかも、今は得体の知れない男と二人旅をしようなんていう、変わった女だ。そして、奏呪だと解った上で治癒呪術を行使させようとする変な奴でもある。
「治癒、か」
あまりに完璧に、しかも簡単にできてしまい、鈴華の頼みを聞くことになってしまったが、果たして自分にそれを行使する資格はあるのだろうか。鈴華が最終的に優達の呪いを解かせ、そして治癒することを目的にしているとしても、何とも複雑な気分になる。
「殺した人数が、どれだけ多いか」
思わず感傷的にそんなことを思ってしまう。これから何人か救ったところで、それは贖罪になるだろうか。いや、多分、自己満足でしかない。
それよりも、この混乱の引き金を引いたのは自分かもしれないのに。
「ん?」
がさっと近くの茂みが揺れた。蒼礼は気を抜きすぎたかと、慌てて懐に手を入れて札を探る。
贖罪云々の前に、自分は奏呪から追われる存在だ。理由を告げることなく逃げ、秘密を山のように知る蒼礼を、奏呪が見逃すはずはない。今までは北の外れにいたから見逃されていただけだろう。少し迂闊だったか。
しかし、待ち構えても攻撃をしてくる様子はなかった。さらに
「ぎゃああああ」
という男の悲鳴が聞こえてきた。
「厄介だな」
また鈴華のようなお荷物でなければいいが。そう思いつつも、蒼礼は悲鳴の聞こえた方へと駆けていた。
「やめっ、うわああ」
男の悲鳴がより切迫したものになる。一体何だと思ってそこに駆けつけてみると
「なっ」
予想外の光景が広がっていた。
男に噛みつく、ボロボロの服を纏った男。その男の顔はキョンシーのごとく真っ青だ。
「マジでキョンシーがいるのか?」
蒼礼は驚いたが、ともかく気絶してしまったらしい男に覆い被さるキョンシーを制圧するのが先だ。
「
懐から札を取り出し、キョンシーを押さえつける。しかし、キョンシーはそれぐらいでは止まらない。必死にもがいて暴れている。
「蒼礼!」
そこに騒ぎを聞きつけた鈴華が、剣を構えながらやって来た。そして目の前の光景に驚く。
「キョンシー?」
「解らん」
蒼礼はぎりぎりと術を強めながらも、どうにも奇妙だと感じていた。というのも、男自身からは術の気配を感じないのだ。
もしもキョンシーとして作り替えられているのならば、その身から術の波動を感知して当然だというのに。
「解らんって、人を襲ってるし、キョンシーよね。顔も真っ青だよ!」
鈴華はこの後に及んで解らないじゃないでしょと怒鳴る。しかし、怒鳴られても、蒼礼の研ぎ澄まされた感覚はキョンシーとしての術を感知できないままだ。だが、このままではこれが何なのか解らない。
「煩い。取り敢えず、キョンシーそのものじゃないと解れば簡単だ」
蒼礼はもう一枚札を取り出すと
「
別の技を放った。札が男の額に張り付き、その瞬間、男は地面に崩れ落ちた。
「さすがは奏翼」
手際のよさに、ついそう言ってしまう鈴華だ。それに蒼礼は舌打ちしたものの、男に近づいて状況を確認する。
首に触れると低温になっているが体温を感じる。やはりこいつは死者ではない。ということは、同時にキョンシーではないということだ。ついで、男のぼろぼろの服を剥いだ。
「ちょっ、大丈夫なの?」
あまりに冷静に近づいてあれこれする蒼礼に、鈴華は剣を構えたまま訊く。
「術が効いている間は大丈夫だ。って、何だ、これは」
男の背中部分に、奇妙な紋様が浮かび上がっているのが解った。それは札を使わない呪術の紋様だ。そしてその中心には丸々と太ったダニがくっ付いている。
「ダニ。でもそんなの、山の中じゃ珍しくないわよ」
ようやく近づいて来た鈴華は、蒼礼の摘まんでいるものを見て顔を顰める。吸血性のダニは病気を媒介することがあり危険だ。あまり出会いたくない生物だが、そこら中にいる生物でもある。
「このダニの中から術を感じる」
しかし、蒼礼はそこから奇妙な波動を感じ取っていた。術は術だが、見たことのないものだった。どうやら紋様を浮かび上がらせたのはこのダニで、寄生されるとキョンシーのような動きを見せるということらしい。
「なっ、そんな」
そんなことってあるのと鈴華は驚いてしまうが、ダニを取り外してしばらくすると、紋様が消えたことから、蒼礼の見解が正しいのだと解る。
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