第6話 龍河国の地理

「都に入る前に情報を集めたいな。まあ、ここから都までは一か月以上かかる旅だ。途中で何がどうなっているか、随時情報を集めよう」

 蒼礼が言うと、鈴華はそれはもちろんと頷く。

「それに、北部は都との間に伏龍山があるおかげか何の影響もないけど、他の地方ではあちこちで起こっていることの影響を受けているところがあるわ。そこで現状を見てもらいたいもの」

 そしてそう付け加えた。

「荒廃が、か? 病気だろうと思っていたが、それだけではないのか?」

 自分の新たな可能性に賭けた蒼礼だが、一体何がどうなっているんだと顔を顰めてしまう。

「病気じゃないわ。起こっているのはキョンシーの発生と幽霊よ」

 しかも鈴華がそんなことを大真面目に言うので、ますます顔を顰めてしまうのだった。

「キョンシーに幽霊だと?」

 意外な言葉に蒼礼は顔を顰めてしまう。

 呪術の中には死体を利用し、キョンシーとして使役する術もあるが、蒼礼は見たことがない。それに使ったこともなかった。

「そう。青白い顔をして人を襲うのって、キョンシーでしょ」

 蒼礼がびっくりしていることが意外だったが、鈴華は合ってるでしょと確認する。

「確かにキョンシーの特徴はそうだが、近くに術者がいるはずだ。キョンシーだけがいる状態というのは、使役に失敗している状態だが、まさかそれか。しかし、それならば奏呪が動いているはずだ。たとえ市井で起こったとしても、術者が絡んでいる以上は対処するはずだ。爆発的に広がっているのならば尚更、すぐに討伐に駆り出されているだろう」

「ふうん。そういうものなの? でも、奏呪は中央のことにしか手出ししないんじゃないの? 戦争が終わっても未だに内部はごたごたしていて、政敵が呪殺されたなんて珍しくないみたいだし」

 鈴華は自分の認識が間違っているのかと首を傾げる。とはいえ、蒼礼だって奏呪を離れて十年だ。その間に変化していたら解らない。

「奏呪の主たる活動はそうだろう。しかし、キョンシーを作ったとなれば話は別だ。特に、奏呪の中心にいるはずの奏刃が見逃すとは思えない。どうにも不可解だ」

 しかし、変わらずにいるだろう男を思い浮かべ、放置されているのは奇妙だと断言する。もしもキョンシー騒動が起こっているのならば、同時に対処もされているはずだ。

「ううん。じゃあ、どうしてあちこちで似たような目撃情報があるわけ? 中には息子や娘がキョンシーになってしまったと、そう私にも話してくれた人がいるわよ」

「解らん。ともかく、一番近い町を目指そう。伏龍山東側、ここから近い場所に確か小さな町があったな」

 ここで議論していても埒が明かないと、蒼礼は歩き出した。それに鈴華も反対する理由はない。蒼礼に会いに行く途中でその町に立ち寄っているし、そこでもキョンシーの情報があったのを覚えている。見てもらうには丁度いい。

「まったく、どうなっているんだ? まさか、あれか……体調がいいことも気になってはいたが」

 歩き出した蒼礼だが、予想外のことがこの国を襲っていると知り、冷や汗が止まらないのだった。

 この国は大きく四つの区画に分かれている。その四つの区画の真ん中にあるのが伏龍山で、標高五千メートルを超える。山越えするのは現実的ではなく、多くはこの山を迂回するように街道があった。

 中央都市のある場所は龍央州りゅうおうしゅうと呼ばれ、伏龍山の南側にあった。その南側はそのまま海に繋がる平原が広がっており、最も発展している。気候も穏やかで落ち着いている。

 反対側の蒼礼がいた北側、龍北州りゅうほくしゅうは発展しておらず、山に邪魔されて他の地区からも物資が入って来ない貧しい地帯だ。冬は厳しく、雪深い地域でもある。だが、それでも住める環境はあるし、多くの人たちが不便ながらも北側で生活している。

 そんな北より酷いのが西側の龍西州りゅうせいしゅうで、ここは砂漠地帯が広がる。元々は誰も住み着かないような場所だったが、龍河国が建国された時、虎一族のように奏呪の執拗な攻撃を受けた一族の生き残りたちがこちらに移っていた。

 そして東側の龍東州りゅうとうしゅう。南と同じく港がある地域は発展しているが、それ以外は山が多くて人が住みにくい場所でもある。しかし、北に住むよりは寒さもマシで、土地も痩せていないからと、山間に多くの町や村が点在していた。蒼礼たちが目指しているのは、最も北に近い、街道沿いにある宿場町だ。

 だが、蒼礼たちがいた最も龍北州からこの龍東州最初の入り口といえる宿場町までは遠い。山が多いから一週間は掛かる道のりだ。とはいえ、蒼礼も鈴華も健脚なので、すいすいと進み、普通の人が歩くよりは早く着けそうだった。しかし、間に何度か野宿することになる。

「今日はこの辺で野宿するか」

 川が近く、そして適度に木々の少ない場所を見つけ、蒼礼が提案した。

「そうね。さすがに夜に移動するのは色んな意味で危険だもん」

 鈴華もここまでの道のりで野宿に慣れているので、あっさりと同意した。そもそも、野宿しやすいように男装している。

「じゃあ、鈴華は火を熾してくれ。俺は水を汲みに行ってくる」

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