第9話 疑問
救いの旅は時にその人の最期を決めることにもなる。これはそれを示す例となった。蒼礼は男の心臓と首に素早く剣を突き立て、男は苦しむこともなく息を引き取った。
「さあ、片付けよう」
蒼礼は手ぬぐいで綺麗に血を拭って剣を鈴華に返し、死んだ男の身体を担ぎ上げた。
それから息を引き取った男を二人で丁寧に埋葬し、まだ気を失っている男が起きるのを待つ。その間に自分たちの夕食の準備も進めた。
二人ともその間黙々と作業し、口を利くことはなかったが
「殺すことに、躊躇いってないんだね」
野鳥と山菜の鍋が出来上がる頃、ぽつりと鈴華が呟いた。手際の良さが気になったのだ。
「殺さなきゃ殺される世界にいたからな」
それに対し、蒼礼が答えられる言葉はこれだけだ。自分が死なないために磨いた技は、どんな場面でもぶれることはない。呪殺だけでなく他の殺し方に躊躇いがないのも、その結果だ。
「そっか。たった十年前まで、それが当たり前だったんだよね」
それに、鈴華も反論は出来ない。その頃はまだ七歳だったとはいえ、過酷な世界が広がっていたのを覚えている。だからこそ、せっかく訪れた平和を壊すような、今回の騒動を見過ごせなかったのだ。
「ねえ、あのダニって何なのかしら?」
だから自然と話題はあのダニへと移っていた。
「まだ何も解らないが、あの呪術を使いこなすには相当な能力が必要だ。それこそ、奏呪に選ばれるくらいの実力が必要だろう」
「やっぱり奏呪か」
鈴華は思わずぎりっと歯ぎしりをしてしまう。その反応を、蒼礼は当然だという目で見ていたが
「だが、奏呪がこの術を使うのは奇妙だ。奏呪は基本、皇帝の意向に従って呪術を行う。つまり、無差別殺人に繋がるような呪術は用いない。ところが、こいつはダニを介して誰を呪うかが読めない。そんな不確定要素の強い術を、奏呪が使ったとは思えないな」
奏呪の可能性はないという結論を続けた。
「ううむ」
奏呪の可能性を否定されると、途端に難しくなると鈴華は唸った。この国の呪術は今や彼らが独占していると言っていい。だからこそ、呪う力が強ければ治癒の力も強いという話を耳にした時、真っ先に奏翼を思い浮かべたほどだ。
「民を無差別に呪うという点を考えると、その奏呪に滅ぼされた一族の生き残りの誰かと考えるべきだろうが」
蒼礼も難しいなと思いつつ、可能性の一つを提示する。すると鈴華がこちらを睨んできて
「私じゃないわよ」
としっかり訴えてきた。
「それは解っているよ。こんな無謀で猪突猛進なお嬢様が、ダニなんて使ってちまちまと呪うとは思えないからな」
「なっ」
否定してくれるのは嬉しいが、その理由が腹立つ。鈴華はふんっと鼻を鳴らして蒼礼目がけて小石を投げていた。
「危ないな」
それを難なく避けた蒼礼だが、その先に先ほど救った男が寝ているのを忘れていた。
「いてっ!」
攻撃を食らうことになった男は、こつんと自分の腹に当たった衝撃に目を覚ました。
「うわっ!?」
そして蒼礼と鈴華を見て驚いている。二人はああそうかと頷くと
「さっきのキョンシーならばもういないぞ」
「そうそう。あなたは助かったのよ」
と状況を説明してやる。
飛び起きてざざっと茂みまで逃れていた男だが、二人が呑気に食事の準備をしていることに気づくと、いそいそと戻って来た。
「あの、ひょっとしてあんたらが」
「この人がね。呪術師なのよ」
鈴華がご丁寧に呪術師であることまで教えてしまう。蒼礼はぶん殴りたい衝動に駆られたが
「まあ、そうだ」
と認めて男に向き合った。
「さっきのキョンシーもどきとどこで出会ったんだ?」
そしてまだ情報がないに等しい、あのキョンシーに間違ってしまう術に関して探ることにした。
「俺が出会ったのは山の中でだよ。俺はこの先の宿場町で小さな飯屋をやっているんだ。そこで出す山菜やら魚を捕りに来たところだったんだが」
急に茂みからあの青白い顔の男が飛び出してきて、追い掛けてきたのだという。
「無我夢中で逃げたんだが、なんせ山ん中だろ。次第に俺の方は体力の限界が来てさ。もう駄目って、襲いかかられて」
ここ、囓られなかったっけと、男は首筋に手を伸す。だが、そこはすでに蒼礼が治療済みだ。
「俺の術で治した。確かに噛まれた後があったが、問題ない。あのキョンシーを作り出していたのは、その身体に付着していたダニだ」
ということで、傷はもうないことと、キョンシーに関して教えてやる。すると男は蒼礼に手を合せた。
「すげえな。呪術師って殺すばかりだと思ってたのに、傷も治せるのか」
「ま、まあな」
つい数日前まで俺もそう思っていたよ。と口に出すわけにもいかず、蒼礼は重々しく頷いておく。鈴華がにやにやしているのは無視だ。
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