5 一時隔離

 サニばあさんの家で厄介になり始めてから二ヶ月、ヨシヒデとパーティを組んで一ヶ月が経った。


 ヨシヒデは最初から強かったが、成長速度もおかしかった。

「こっち終わったぞー」

 ヨシヒデの足元には、ブラックオーガが数体、ばっさりと斬られた状態で倒れている。


 魔物にはノーマルの他に、イエロー、オレンジ、レッド、ブルー、ブラックという形容詞がつく。

 ノーマルの次がイエロー、その次がオレンジといった具合に強くなり、ブラックは最上級だ。

 ブラックオーガを一撃で倒せる人間なんて、聞いたことがない。


 といいつつ僕も、少し離れた場所に自分で射抜いたブラックオーガが転がっていたりする。

 例の病気の症状はサニばあさん特製薬水が効いたのか、ほぼなくなった上、ヨシヒデと組んでから更に調子がいいのだ。


「こっちも。討伐部位は」

「人型は耳だろ?」

「そうだ」

 それぞれ自分が討伐した魔物の討伐部位を剥ぎ取り、魔物が消えたのを確認してからヨシヒデの元へ駆け寄った。

「お疲れ」

「おう。リインこそ疲れてないか」

「全然。さっさと帰ろう」


 僕に兄弟はいない。

 でも、ヨシヒデと共に行動していると、兄がいたらこうだったのかなと錯覚してしまう。


 以前いたパーティでは、ヨシヒデの役割を僕が担っていた気がする。

 仲間たちは皆、年齢差は一歳前後だったせいか、弟や妹だとは思えなかった。

 むしろルルスは今思えば姉貴面をしていた。


「どうした、リイン。やっぱり疲れてるんじゃ」

 嫌な顔を思い出してしまって、頭を振っていると、ヨシヒデに気遣われてしまった。

「違う。ちょっと嫌なこと思い出して」

「サニばあさんの飯でも食えば忘れるだろ。もしくは苦い薬でも調合してもらうか?」

「飯はともかく薬は嫌だな」

 話しているうちに町に到着し、そのまま魔伐者ギルドへ向かう。

 討伐後のヨシヒデとは、魔物の手応えや反省点などを話す。

 反省点と言っても、今のヨシヒデは完璧に近い魔伐者だ。

 どんな魔物も一撃で屠り、怪我ひとつしない。

 それでもヨシヒデは細かい点を挙げ、ああだったこうだったと語る。

 そして毎回「俺はまだまだだなぁ」で締めくくるのだ。

 十分に強いのに、謙虚すぎる。


「リイン、やっと見つけたわ!」


 魔伐者ギルドに入るなり、謙虚じゃない奴の声が聞こえた。


 声の主は、魔伐者ギルドのホールの人たちをかき分けるようにして、僕の前へやってきた。

「探したのよ。貴方にはもう時間が無いんだから、最期くらい看取らせて」

 どういうつもりなのか、ルルスは瞳を潤ませて僕を見上げながら、僕が瀕死であるかのようにぺらぺらと喋った。

 何事? という顔のヨシヒデに「元仲間だ」と耳打ちすると、事情を話してあるヨシヒデは眉間に皺を寄せた。

 そして、僕とそいつの間に入った。

「人のデリケート繊細な事情をこんな大勢の前で暴露するのはいただけないな。行こう、リイン」

 ヨシヒデは大きな体で僕とそいつを遮るようにして、僕の肩を押して魔伐者ギルドの出入り口へ向かって歩き出した。

「何よっ! あんた何なの!?」

「リインの仲間だ」

「リインの仲間なのは私よっ」

「仲間だったら、どうしてすぐ探しにこなかった。お前ら、すぐ隣町に拠点があるんだろう?」

「それはっ……リインがひとりで出ていっちゃうからっ」

「話にならないな」

 僕とヨシヒデは尚も何かぎゃんぎゃん言っているルルスを放置して、ギルドを出た。


 サニばあさんの家へまっすぐには向かわず、商店街を経由した。

 後ろからついてくるルルスを撒くためだ。

「意外としつこいな。なあリイン。あいつに盛られたんだろう?」

 僕がエリクシール中毒になった原因は、ルルスだ。

 高価なエリクシールを定期的に摂取していたとしたら、食事にエリクシールを盛られていたことになる。

 それができるのは、ほぼ毎食作ってくれていたルルスだけ。

 まさか仲間に殺意を持たれているなんて考えもしなかったから、警戒心なんて無かった。

「うん」

「どうしてそんなことしたんだろうな」

 ヨシヒデの疑問は、僕もずっと考え続けていることだ。

「……」

 黙り込んでしまった僕の肩を、ヨシヒデがぽんと叩いた。

 狭い路地へ入ると、ヨシヒデが魔法を使う。

 転移魔法だ。

 この状況のことは想定済みだった。

 ヨシヒデ曰く「攻撃魔法は少し苦手で、治癒魔法はできない」だそうだが、魔力量は十分にあるので、日に一度なら転移魔法が使える。


 魔力の流れで腰のあたりがひんやりしたと思ったら、サニばあさんの家の、ヨシヒデが使っている部屋の中に立っていた。

「ありがとう。大丈夫か?」

 転移魔法は魔力を大量に消費する。ヨシヒデの顔色が心なしか悪い。

「飯食えば治る。それより、今後のことだ。サニばあさんにも相談しよう」


「おかえり。転移魔法で帰ってきたってことは、そういうことだね」

 サニばあさんは外に出ていたはずの僕たちが家の中から出てきたことについて驚くことなく、食事の支度を始めた。

 いつものように手伝おうとしたヨシヒデを座らせて、僕のみでサニばあさんの手伝いをする。

 食事を終える頃には、ヨシヒデの顔色は良くなっていた。

「ご馳走様でした。美味かった」

「はいはい、お粗末様。さて、じゃあ予定通り、別荘へ引っ越すかね」

 僕の元仲間が追いかけてきて見つかったら、森の奥にあるというサニばあさんの別荘へ引っ越すと決めていた。

 僕の病気が完治するか、死ぬまでの間くらいならば、自給自足で過ごすことができるよう準備も万端だ。

「あたしがここを空けたら感づかれるかもしれないから、一緒には行けないが、たまに顔をだすよ」

「別荘まで貸してもらって、これ以上迷惑は」

「迷惑なんかじゃないよ。あんたたちと過ごすのは楽しいからね」

 ヨシヒデも僕と一緒に別荘住まいだ。

 僕に何かあった際、サニばあさんに連絡をしたり、近くの村へ買い出しに行く役を担ってくれる。


 こんなにお世話になったからには、どうにかして生き延びて、恩返しがしたい。

「一生かけても恩を返しきれないなぁ」

 と言っても、二人は口を揃えて「そんなつもりじゃないから気にするな」と言ってくれる。

 本当にいい人たちだ。




 引っ越しは、予め別荘へ行ったことのあるヨシヒデの転移魔法で行った。

 荷物をまとめて持ち、僕を連れて、家の中で転移魔法がを発動させた。

 いつものひんやりとした感覚を覚えたと思ったら、違う家の中にいた。

「ここが別荘?」

「ああ。掃除がまだ終わってないから、まずはそこからだな」

「僕がやるよ。ヨシヒデは何か食べて寝て」

 ルルスから逃げたときよりはマシな顔色のヨシヒデだが、転移魔法を使った直後だ。

 平気だ大丈夫だと頑固に言い続けるヨシヒデをどうにか押し留めて、掃除に取り掛かった。


「よし、こんなもんかな」

 別荘は、サニばあさんの家と比べると、かなりこぢんまりとしている。

 寝室は二つ。広めの台所と居間に、風呂とトイレ。必要最低限だけ揃っているといったところだ。

 ベッドのシーツは新品を持たされてきたので、掃除は不要だった。

 あとは夕食をどうしようか相談するために、ヨシヒデを座らせた居間へ向かった。


 ヨシヒデは今のソファーで、ぐったりしていた。

「! ヨシヒデ!」

 意識がない。

 荒い呼吸と青褪めて脂汗まみれの顔が、安眠とは程遠い状態であることを示している。

「ヨシヒデ! おい!」

「う……あ?」

 ヨシヒデは不明瞭な返事をし、ゆっくりと目を開けた。それから何度か瞬きして、僕を見た。

「俺、寝てたか?」

「かなり具合が悪そうだったぞ。魔力切れか? 飯は食えそうか?」

「いや、体調は全く問題ない。魔力も余裕がある。ただ、酷い夢を見ていたんだ」

 身を起こしたヨシヒデは何度か頭を振って立ち上がり、両手を広げて見せた。

「な? 平気だ」

「座ってろ。飯の支度する」

「平気だってば」

「座ってろ」

「お前ちょっとサニばあさんに似てきてないか?」

 何かごちゃごちゃ言うヨシヒデを再び座らせ、急いで食事の支度をした。




*****




 本当に、酷い悪夢だった。

 大切な人達から引き離され、ひとり知らない土地に放り出されて、そこで折角得た友人も救えず、何も成せないまま、終わる夢。

 現実の俺も、究極の選択を迫られている。

 まだ彼には悟られていない。

 おそらく俺は、元いた場所へは帰れないだろう。

 帰りたい。帰れるものなら、すぐにでも帰りたい。

 だけど目の前で死にそうな奴を、見捨てたくもない。


 俺は善人なんかじゃない。

 ただ、これ以上嫌な思いをしたくないだけだ。

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